第4話 わたしが今まで殺した人間が少女を殺せと言ってくる

わたしはベッドの上で目が覚めました。

 そして横になりながらすぐに少女のことを考えます。


「あの少女、消える直前わたしのことを見て微笑んでいました」


 絶対にわたしの存在に気づいていました。

 いつから気づいていたのでしょうか?


 いや、そんなことを考えても意味がありません。

見られてしまったのはわたしの詰めが甘かったせいなんですから。もっと遠くで少女を見ることもできたはずなのに。


 それに、きっとあの薔薇の世界に入ったこと自体が間違いでした。

 だって入らなければ少女に見られることはなかったから。


 でも見られたからには少女を殺して魂を壊すしかありません。


大天使様に少女の夢の世界のことを報告する際に少女が夢から覚める直前に姿を見られてしまいました。

 と報告をしてあとは今夜少女の夢に入った天使が少女の魂を壊すだけ、なんですが、この気持ちはなんでしょうか。


 少女を殺したくありません。死んでほしくありません。


 頭ではわかっています。人間にとって悪魔のわたしが抱いていい感情ではありません。

 わたしは今まで通りの悪魔でいなければいけません。


 でも頭でわかっていてもわたしの中にある正体不明の感情が少女に死んでほしくないと思ってしまっています。


 なのにわたしの中の悪魔がそれを許してくれない。今まで殺してきた人間がそれを許してくれない。


 わたしが今まで殺してきた人間が殺された時の姿で頭の中に現れて十代から五十代の男女がわたしを睨みつけながら怒る。


『俺たちは容赦なく殺したのにあの少女は特別なのか?』

「…………」

少女を殺したくない気持ちはあるのに特別なのかと聞かれると答えられません。


『私たちは無感情で殺したのにあの少女のことはなんで殺せないの!』

「…………」

 一目見ただけで綺麗って思ってしまったから。ずっとあの音色を聞いていたいと思ってしまったから。殺したくないって思ってしまったから。


『なぜ俺たちはここで幸せに暮らしていたのに突然お前に殺されなければいけなかったんだ!』

「…………」

 夢の世界を全部奪われた人間は獣のように自我を失って暴れ出してしまうからわたしは殺した。


『なぜ理由も聞かさせず突然後ろから刀を振り下ろして殺したんだ!』

「…………」

 貴方を殺す何回か前に抵抗してきた人間がいたから。


『あたしたちを殺した時と同じように無感情になってあいつを殺せ!』

「…………」

 草木の生えている世界では無感情になってたよ、でも薔薇の生えている世界に入って少女の奏でる音色を聞いたらなぜか今まで封印していた感情が出てきてしまった。


『あいつだけ殺さないなんて俺たちは絶対に許さない! あの少女も殺せ』

「…………」

 わたしだって殺さなければと思ってる。


わたしが今まで殺してきた人間が頭の中で少女を殺せ殺せ殺せと言ってくる。


「うるさいっ! うるさいうるさいうるさい。わたしのことを何も知らないくせに。わたしだって殺したくて殺したわけじゃない!」


『なにを言ってんの。あんたは私たちを殺す時まるで能面のように顔に感情がなく、私たちを殺したくない、なんて思ってるようには感じられなかったけど』

「そ、それは……」


『お前は俺たちを殺す時に躊躇なく殺してたじゃないか! 今回も同じことだろ』

「同じ……じゃない」


『じゃあ、なんだ。お前にとって俺たちは躊躇なく殺せるけどあいつは特別だから殺せません。とでも言うつもりか?』

「…………」

『おい、黙ってないで答えろっ!』

「……わか、らない」


『俺はお前に殺される直前に命乞いをしたよな。なのにお前は俺の命乞いを無視して殺した。殺したくないなんて感情を全く感じられなかった。その時お前は俺の命乞いを見てなにを感じたんだ? 面倒くさいなんて思ってたんじゃないか』

「そんなのっ、思ってな――」

『嘘だな。本当に思ってないなら命乞いの最中に首に刀を刺して殺すことなんてことしないっ!』

「なら貴方もわたしと同じ立場になってよ。大天使様に人間の夢の世界を奪えそして奪い終わったら殺せと言われてるんだよ。それをわたしは何十年も何十年もやっているんだよ。なんで天使のわたしが天国に来た人間を殺したいなんて思わなければいけないの。殺したくなんかなかったよ。でも殺さないといけないの。だからわたしは悪魔になったの。貴方たちにわたしのこの気持ちが理解できるの」

『じゃあお前には俺たちの殺された時の気持ちが理解できるのかよ』

「そ……れは」


『なあ、お前はなんだ。あの少女のヴァイオリンを聞いたくらいで今まで悪魔として生きるために蓋をしていた感情が溢れてきたとでも言うのか? ふざけるなっ!!』

「わたしだって悪魔として生きるために今まで感情をずっと封印していた。私情を挟まないようにしてきた。なのになんで少女の演奏を聞いただけで今まで封印していた感情が突然溢れ出してきてくるの。殺したくないって思うようになっちゃうの」


『お前は俺たち人間を悪魔のお前が何万人殺したと思ってるんだ! 俺たちはもう生まれ変わることすらできないんだぞ。それをなんだ少女のヴァイオリンを聞いたという接点くらいで殺したくないだと? ふざけるな、このクソ悪魔が!』

「そんなのわかってるよ。だからわたしも戸惑っているんだよ。なんで名前も何も知らない少女を殺したくないなんてこんなことを思うのかわからないんだよ」


『それはお前が少女を特別に感じてるからだろ』

「そんなこと……ない。絶対にない。ありえない」


『俺たちはお前が少女を殺さないなんて選択肢を選ぶことは許さないからな!』

「……なら貴方たちはわたしにどうしてほしいの?」


『『『『あの少女をお前が殺せ。他の奴が殺すんじゃなくて、殺したくないと思ってるお前が少女を殺せ。そして殺す時の嫌だ殺したくないという苦しみの絶望の顔を俺たちに見せろ』』』』


 そう言った途端に頭の中にいた人間は一斉に消えていった。

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