第3話 人間に恋をしてしまったかも知れない②

 目を開けるとそこは一面に草木が広がる広大な場所でした。

「ここは初めての夢ですね」


 周りに誰もいないことを確認して刀を出します。

 出てきた刀は昔から使ってる簡素な物でとても使いやすくて重宝している物です。

 そして出した刀の鞘を右手で握って空間を切るイメージを頭の中でしながらこの世界の最果てを目指して歩きます。


 そして体感時間で三十分ほど歩いたでしょうか、わたしはふと思ったことを呟きます。

「この世界の人間は夢の世界が広いですね」


 人間には夢の世界が広い人間と狭い人間がいます。

 そして夢の世界が広い人間は夢を奪い尽くすのが大変です。


 なのでわたしは周りに人間がいないことを確認してまずはここの空間を奪うことにします。


 やり方は簡単です。

「空間を切り取るイメージは完了しました。あとは何もない空間に刀を振り下ろすだけです」

 刀を鞘から出して柄を両手で握り目を閉じて切り取りたい形をイメージして上から下に一直線に刀を振り下ろします。

 スッ、と刀が空を切りました。

 そして目を開けて確認します。

「上手に切れてますね」

 と言い、切ったことで現れた無機質な白い線を触ります。

 確認を終えたのでまた目を閉じて刀をさっきとは別の場所に振り下ろします。

 スッ、とまた刀が空を切りました。

 目を開けて確認します。

「これで縦に二本の線が入ったのであとは上と上、下と下を合わせるように切るだけです」

 わたしはまた目を閉じてスッ、スッ、と二回連続で切ります。

 目を開けるとそこには白い線で出来た四角があります。


「あとは立体の四角を作るだけですね」

 わたしは今切った四角がある場所から九十度横に移動してさっきと同じ四角を同じ手順で残りの三箇所作ります。

「これで最後です」

 スッ、と最後に下と下を結ぶ線を空間に刀で切って作ります。

 これで全方向から四角形に切ったので夢の世界が切り取れました。


 あとは勝手にこの空間が天界の三層――大天使様たちがいるところ――に転送されるはずです。


「この世界は広いので今までと同じやり方だと大変ですね」

 どうすれば効率よく出来るか考えます。


 条件としては刃がついていないと空間を切り取れないのでやはり刀しかないでしょうか。


 ハサミはどうでしょうか?

 空間を切り取るイメージをしてハサミを閉じると一回で一直線に線ができます。

 けどハサミの稼働領域が狭すぎて逆に効率が悪くなる気がします。


 となるとやはり刀が良さそうですね。

 道具は変えないとしたら次に考えるべきはどうやって効率よく夢の世界を切り取るかなんですが。


 三分ほど考えていると頭の中に案が浮かんできました。

「目を閉じて空間を切り取るイメージをしながら刀を持って歩くのはどうでしょうか」

 これならある程度歩いて、来た道を引き返すということを数回やるだけでさっきの何倍も大きく空間を切り取れます。


「成功するか少し心配ですがやってみましょう」


 今から通る道になにもないことを確認して目を閉じます。


 そして空間を切り取るイメージをしながら目を閉じてこの夢の世界の最果てに向かって歩き出します。


 刀で空間を切りながら十メートルほど進んだでしょうか。

 突然目を閉じていてもわかるくらい明るくなりました。


 目を開けるとそこにはもう木は無くなり辺り一面に薔薇の花が咲き誇っています。

「まだ広がるというんですか」

 なぜこの夢の世界はこんなに広いんでしょうか?

 昔、先輩から聞いた話だと世界の広さはその人間の年齢が若ければ若いほど広くなるということを教えて頂きましたけどそれにしてもこれは広すぎな気がします。


 仮にこの夢の世界の人間が赤ちゃんだったとしてもおかしな広さです。


 草木が広がってる場所だけでもかなり広いのにその隣にもう一つの世界が広がってるなんて聞いたことがありません。


 今までわたしが奪ってきた夢は広くてもここでいう草木が生い茂る場所くらいの大きさしか無かったのでこの薔薇の咲き誇る二つ目の世界は完全にイレギュラーです。


「これは大天使様に報告すべきですね」

 こんなイレギュラーな夢の世界はわたしが天使として夢を奪ってきた百二十七年間の中で一度もありませんでした。


 これは天国でも初めてのことかも知れません。


 なので報告のために刀で空間を切り取ることをやめてこの世界のことを調べることにします。


 わたしは薔薇の咲く世界に足を踏み入れます。

「この一面赤色に染まる大地はすごいですね」

 わたしは少し口角を上げて言っていました。

 どこを見ても地平線のように広がって赤色が続いています。


 そこで五分ほど歩いていると遠くから何かの音色が聞こえてきました。

「楽器……ですか?」


 わたしはその音色に引き寄せられるように歩いていました。

 そして音色に引き寄せられながら歩いていると前方に人影が見えてきました。


「……少女?」

 そこにいたのは黄色いドレスを着てヴァイオリンを引く黒髪の少女でした。

「綺麗」

 わたしは無意識に呟いていました。


 そして、まずいと思いすぐにその場にしゃがみ込みました。

 しゃがみながら少女がわたしの存在に気づいていないことを願って少女を見てみると少女はそのままヴァイオリンを弾き続けていました。


 どうやらわたしの呟きは聞かれてなかったようで安心しました。

 でもここだと少女との距離が少し近くてわたしの存在がバレちゃう可能性があるの少しで下がります。


 そして少女の演奏を聞いていると時間を忘れてしまっていました。

 二曲目、三曲目、四曲目と聞いているとなぜかわかりませんが勝手に涙が流れて聞き入ってしまいました。

少女の奏でる音色には力があるように感じました。


 今まで凍っていた何かが溶けていくような感じがしました。


 そして気づくとかなりの時間が経っていたようで天国にいる少女が起き出したらしく夢の世界が崩れ始めます。


少女を中心に夢の世界が崩れる。


 わたしは少女が消えるのを最後まで見ていました。

 すると少女は消える直前にわたしを見て、ニコッと微笑んで消えていきました。


「……え」

 微笑む少女を見て勝手に口から出てしまっていた。


「……わたしの存在に気づいていた?」

 感情を殺したはずのわたしの心は絶望という感情で溢れかえっていた。

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