セルフ・ハンディキャップ自慢大会

宮条 優樹

セルフ・ハンディキャップ自慢大会




 月曜日。


 とある高校の、期末試験直前、とある教室で三人の男子生徒たちが、膝をつき合わせてしゃべっている。


「やべーわ。マジでやべーわ」


 唐突に石田がそう言い出した。


「どうした」

「関口、お前、試験勉強した?」

「いやぁ、あんまりできてないかな」

「あんまりってことは、ちょっとはやってきた感じ?」

「まあ、ちょっとは。そんなしっかりはできてないけど」

「そっかー」

「何なの」

「いやー……あ、ねえねえ、山本、お前は試験勉強してきた?」


 石田に話を振られて、山本は軽く首をかしげてみせる。


「勉強? んー、まあ、普通に」

「普通って何だよー。

やったの? やってないの?」

「何だよ……一応、やってはきたけど」

「そっかー。

みんなちゃんと勉強してきてんだなー」


 大げさな様子で天井を仰ぐ石田に向かって、関口が聞き返した。


「お前は勉強してこなかったのか」

「いやー、俺も勉強したかったんだけどさー。

昨日、大変だったんだよ。全然、勉強するどころじゃなくてさー」

「何かあったの?」

「昨日さ、日曜だったじゃん。

だから俺さ、一日がっつり試験勉強するつもりだったのよ。

けどさー、何か集中できなくて。

自分ちで勉強しようとしても、何でか集中できないことってあるだろ?」

「まあ、あるよな」

「あるあるだな」


 関口と山本がそろってうなずくのに、石田が身を乗り出して言う。


「だろ? 

で、これは部屋が汚いせいじゃないかと思って。

試験勉強のために、まずは部屋の掃除しなきゃなと思ったわけ」

「あー」

「あるあるだな」

「服片づけたり、掃除機かけたりしてさ。

掃除し始めたらいろんなとこが気になっちゃって。

窓ふいたり布団干したり、玄関掃いてトイレ掃除までしちゃってさー」

「もはや部屋関係ないな」

「でも、やり始めたらやめ時がわかんなくなっちゃって。

結局、一日中掃除ばっかしてて、全然勉強できなかったんだよー。

今日の試験、俺絶対できないわー」


 絶望的、という顔をしてっみせる石田に向かって、関口があきれた様子で言葉を返す。


「そんなの自業自得じゃん。

僕もさ、昨日は勉強する予定だったんだけど。

ちょっと邪魔が入っちゃってさ」

「何?」

「電話。母方のばあちゃんから急に電話かかってきて」

「何かあったとか?」

「いや、全然。

何で田舎のばあちゃんって、特に用事もないのに急に電話かけてくるんだろなぁ」

「さあ……それで?」

「別にそれだけなんだけど」


 関口が言うのに、石田も山本も拍子抜けした様子で笑った。


「何だよ、全然大したことないじゃん」

「でも、ばあちゃんすっごく話長くて。

しばらく会ってなかったせいかもだけど、病気してないかとか学校は楽しいかとか、いろいろ聞かれて話してたら、勉強する時間とれなくってさあ」

「孫がかわいいんだろ。

いいばあちゃんじゃん、大事にしろよ」

「そうだけど……でも、それで予定通りに勉強できなかったから、僕も試験無理そうだなぁ」


 関口がわざとらしく溜息をつく。

 それを見て、今度は山本が首を振って言った。


「お前ら、全然だめだな。

俺なんかもっとひどいよ。もう全然勉強できる環境じゃなかったもん」

「どういうこと?」

「うるさかったんだよ」

「うるさかった?」

「騒音だよ、騒音。

朝からさ、近所でずっと道路工事してて。

その音がうるさくって勉強するどこじゃなかったんだよ」

「工事かー」

「その工事の音だけじゃなくてさ、昨日は何か救急車とかパトカーとか、やたらと音出して走ってる車も多くて。

もう無理。

俺こそ勉強できなかったから、試験難しいだろうなー」


 山本が重々しい調子で言うのに、石田は鼻で笑いながら言い返す。


「音なんか、ヘッドフォンでもつけてたらよかったじゃんかー。

俺が一番できないよ、だって掃除してたんだし」

「だから、石田のそれは自業自得だって。

僕の方ができないよ、ばあちゃんの相手してたんだから」

「ばあちゃんのせいにするなよ、かわいそうだろ。

俺なんか環境が無理だったもん。

俺の方が絶対試験できない」

「いや、俺だってー」


 延々続きそうなやりとりを予鈴がさえぎった。


 チャイムの音に散らされて、三人はばらばらと自分の席に戻っていく。


 三人の会話を後ろの席からずっと聞いていた私は、長く溜息をついた。


 いや、そんなくだらないハンデ自慢してないで、せめて参考書とか読めや。

 話が気になって全然復習ができなかったわ。

 何かものすごいおもしろい展開とかオチとかあるのかと、期待して聞いちゃってて損したわ。

 あー、ただの馬鹿話のせいで試験勉強できなかったわー。


 私は思いながら、開いていた教科書を閉じた。






               了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

セルフ・ハンディキャップ自慢大会 宮条 優樹 @ym-2015

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ