第六話 竜神の祟り
かの姫は、
四条家の婿には、きちんとした身分の者を選ばなくては――。
媼の顔を思い浮かべるたびに、荷葉の心は痛む。
「荷葉――」
荷葉が顔を上げると、その媼が優しく微笑んでいた。
「おばあさま、もうお加減はよくなりまして?」
「聞きましたよ。よいお話がきたとか」
鹿子は開いた
いい話とは、縁談である。
荷葉の相手は
確かに
媼は満足げだ。
鹿子が家の結びつきを気にするのは、鹿子もまた婿を迎えたからだ。
荷葉の
「楽しみだこと……」
荷葉は、云えなかった。
心の中に、想う男がいることを。
わかっている。この秘めたる想いは叶わない。
それに、これは勝手な想い。かの人は、荷葉の想いなど知らない。
遠ざかる鹿子の
◆
東宮となる男宮を誰が産むのか――、それによって子の母は
関白・頼房がその地位を
考えてだけでぞっとするが、晴明はそんな大内裏に身に置く一人である。
貴族たちの思惑や足の引っ張り合いに興味はないが、無視したところで結局は何らかの形で巻き込まれるのだ。
晴明が
「待っておったぞ。安倍晴明」
「
「晴明、透子から聞いた。
「もったいなきお言葉にございます。
梅壺の更衣・透子は七殿五舎は
凝花舎の
一体だれの仕業かまでは調べることはしなかったが、呪詛という行為はこれからもなくならないだろう。
「して――神隠しの件、なにかわかったか?」
帝が扇を開く音に、晴明は顔を上げた。
「やはり、妖の仕業かと存じます」
「策はあるのか? 晴明」
「今のところは……。ですが、王都に
「あいわかった。此度の件は近衛府も動いておる。都で起きたことは
帝の勅許が下りたことで、晴明にも大義名分ができた。
この場に、頼房がいなかったことは救いである。
朱雀門を出た晴明は、自邸がある一条大路を目指す。
築地塀が続く二条大路を進み、神泉苑に出る。近く帝が行幸されるらしい。
そんな神泉苑を、大路から眺めている
その法師が振り返った。笠から
「……っ」
不気味な笑みに、晴明の足が一歩下がる。
怪しいことこの上ないが、法師は何もいわず何もせず、そのまま立ち去っていった。
再び歩き始めたとき、魚が水面で跳ねる音がする。
龍でも跳ねたか――。
神泉苑の池には竜神が棲むという。
誰もその姿を見たことはないが、晴明は
晴明はふっと笑って、再び歩き出した。
☆☆☆
次期当主の時間はあるのかと、これがまた
「
不安げに視線を
「竜神の祟り……?」
聞けば王都で起きている神隠しは、竜神の祟りだと噂になっているらしい。
冬真にすれば
ついに帝まで巻き込むことになった
大内裏・陽明門――、大内裏の東面、大宮大路に面したこの門近くにその
内裏の
「神隠しの次は竜神とは、いやはや
左近衛府武官が詰める
内裏を警護する近衛府武官が碁とは何事かと
左近衛府の担当は主に陽明門での警備だが、少将中将となるとよほどのことが起きない限り暇である。
「ですが幽鬼までは我々の担当ではありませんぞ」
「確かに、アレを捕まえて来いとは、さすがの関白さまも言われまい」
こいつらやる気あるのか――?
警備交代の引き継ぎにやって来た冬真は噂に花を咲かす三人を見て、胡乱に顔をしかめた。冬真も本音は酒を呑みながらのんびりしたいのだ。
ところが都では神隠しは起きる、妙な妖が出没する、今度は竜神である。さすがに
ようやく任務から解放された冬真は、簀子に腰を下ろした。
「疲れているなぁ。冬真」
同格の左近衛中将が、苦笑する。
「いろいろあるんだよ。俺は」
「例の神隠し、安倍晴明と調べているそうじゃないか。
彼は冗談のつもりで言ったのだろうが、疲れていることは確かだ。
安倍晴明は半妖――妖と暮らし、怖ろしげな鬼神を操る陰陽師。
晴明と知り合ってまだ日は浅いが、冬真の見たところ、晴明は周りが畏れるような男ではなかった。ただ、正確にはやや難があるが。
はっきりしているのは、王都を荒らすものは許せないという点では一致している。
しかも、近く帝が神泉苑に行幸される。
冬真にとって、多忙な日々はまだ続きそうである。
◆
一条・安倍晴明邸――。
そなたも、神泉苑に参れ――と、帝に言われたのは昨日のことだ。
これが帝ではなく、貴族からなら即断っているのだが。
こうなれば物忌みと称して断るか――、ふと
『お前なぁ……、我らがいる側でよくそんなことが思えるよなぁ?』
「実に馬鹿げた
『お前でも、やりたくない事があるのか? 晴明』
「神泉苑に帝が行幸される」
『その神泉苑とやらで何をするんだ?』
「竜神を鎮めるそうだ」
『は…………?』
玄武は目を
今回の神隠しが水に関係していると内裏で噂になり、尾ひれがついたその噂は竜神の祟りとされた。正体がわからないものに不安を抱く気持ちはわからないでもないが、
「あいつの冷気を黙って受ける体力は、私にはない」
青龍の顔を
『中止させられないのか? それ……』
「竜神はそのようなことはしません――っか? それが通じる相手なら苦労はせん。ならば竜神を
『竜神を招喚……って、人間は怖ろしいことを考えるなぁ。そもそも、噂を
「さぁな」
再度嘆息した晴明だが、どのみち青龍には力を借りねばならないのだ。
その夜――墨を染め流した
ただでさえ、かの男は
神でも
謎の妖が水を駆使するとなると、水将である青龍を招喚するのがいいのだが、未だ晴明には応えない。
だが出て来たとしても、怒りを
妖を
『まさか――放り出すわけではなかろうな?』
ふっと降り立った気配に、晴明は渋面でソレを見た。
池の上に、腕を組んでいるモノがいた。
青い髪に青い
――やっと出て来たか。
嘆息した晴明は、宙に浮いた姿で見下ろしてくる天将を見上げた。
「いるなら返事ぐらいしたらどうだ? 青龍」
『人間は我をなんだと思っているのだ? 我がいつ、人を喰った!?』
やはり、彼は怒っていたようだ。
青龍は間違いなく龍神である。
不機嫌なのは晴明にすればいつのことだが、青龍が今回怒っているのは、都で起きている
「お前の
『人前に
「そうはいっていない。妖のほうに出てもらう」
「おびき出すというのか?」
「そうだ」
青龍はしばらく黙っていたが、それについては何もいわずに
彼にもいったとおり、晴明は謎の妖をもう一度、
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