第五話 謎の妖を炙り出せ
その夜――
(すっかり遅くなってしまった)
牛車に従い馬を進める
「姫――、お疲れではござらぬか?」
牛車の中に声をかけると、返事の代わりに
彼は、
だが――。
(あれは――なんだ?)
牛車の少し先――、
だがそれはまもなく収まり、水溜まりも消えた。
「いったい……なんだったのだ?」
嫌な汗が、彼の背を流れた。
彼は、急に止まった牛車を不安に思ったのではないかと、中にいる姫に声をかけた。しかし、今度は衣擦れの音も聞こえていない。
「姫――?」
牛車の
◆
時を告げる
奪われた
今朝――晴明は、
これで溜まった霊符が減るだろう。
頼むから何も起きるなよと念じつつ、筆をとった晴明であった。
――のだが。
この
考えられるのは、一人だ。
晴明は
「私は物忌み中だと伝えた筈だが――?」
当の訪問者は聞こえているのかいないのか、
「これなら誰にも見られんぞ」
明らかに
「お前……、物忌みの意味を理解っているのか? 冬真」
「わかっているとも。物忌み中は何処へも出かけず、だろ」
妙な頭痛を覚えた晴明である。
「来客にも会わず――もだ」
「もう会っているではないか」
この野郎――と思っても、天は今は許してくれよう。
どうやら邸に籠もろうと、厄介者だけは防げないようだ。
冬真は酒と
以前、塩入りの酒を呑ませているため、
「今日は何のようだ?」
「
冬真の言葉に、口に
「は……?」
「あいつらが、お前が
あいつらとは誰かと冬真の視線を追えば、
妙な怒りが湧いた晴明は、冬真に向かって
「この勘違い男! 私は
「…………」
「なんだ……?」
肩で息をしながら
「いや、お前も案外……」
冬真はそう言いかけて、口を閉ざす。
まったく、いったいなんなのだ。
興奮冷めやらぬ晴明の前で、冬真は炙り終えた干し魚を二つに裂いて「食えよ」と差し出してきた。
すると冬真が、ようやく本題を話し始めた。
「東洞院大路で、
「また
東洞院は
聞けば――その日、その姫は宴に招かれた帰りだったらしい。牛車の周りには牛飼い童数名に、護衛にと従う騎乗の随身がいたという。
しかも姫は、
「お前に堂々と動き回られる
「なんか物言いが気になるが、近衛府に神隠しの件を調べろと命が下りた以上、俺はもう引けなくなったということだ。逃げられました。捕まえられませんでした――なぁんて言ってみろ。関白さまになにをいわれることやら……」
渋面になる冬真に、晴明はふっと笑みをこぼす。
「その姫が消える前、なにか変わったことは起きなかったのか?」
「そういえば、
「
晴明はそう答えて、土器の酒を飲み干す。
「だが晴明、そいつはどうやって姫を
冬真の言っていることは、もっともである。
四条家の姫・荷葉の場合は、外からであった。だが今回は、牛車の中で起きた。
殺生石も欲しいが、人も
『感心している場合か。阿呆が』
まさか、この
冬真が去った
☆☆☆
これら三つの山、吉田山と双ヶ丘と船岡山は神の山、
そして、西の双ヶ丘と東の吉田山を結んだ線と朱雀大路が交わる場所に、
更に王都は
だが――、晴明にとって一番厄介なのは目の前に
青い髪に青い
出て来たくなければ異界の地にいればいいものを、青龍の言葉は常に
「
青龍にジロリと
「別にのんびりしているわけではないんだが……?」
「我が
青龍には、人界へ下りる水路が幾つかあるという。そのうちの一つが穢された――文句を言う相手が明らかに違うが、青龍の目は
「自分ではやらず、私に片付けろと?」
「人界のことに、我らは直接手出しはできぬ。わかったらさっさとやれ」
言いたいことを言うだけ言って、青龍は
(相変わらず、人の話を聞かんやつだな……)
晴明は
物忌み中だが、これ以上暴れる妖を放っておくことはできなかった。
大内裏・陰陽寮――、殺生石本体は、晴明が以前見た時よりも妖気が濃くなっていた。
欠けた箇所から、妖気が
さすがの賀茂忠行も、険しい顔をしていた。
「おそらく――」
忠行が
晴明には、彼がその先に何を言おうとしているのかわかった。
妖は、この本体を奪いにここまでやって来ると。
「
晴明の言葉に、忠行が
妖を
「して、策があるのか? 晴明」
「ええ」
妖の居場所が
晴明の
青龍に尻を叩かれたからではないが、これ以上人を襲わせるわけにはいかない。
陰陽寮を出た晴明は、冬真を
この日は、
突然姿を見せた晴明に冬真はもちろん、ともにいた武官が飛び上がった。
陰陽師がやって来るということは何か不吉な事が起きたと思ったらしいが、晴明が冬真に告げたのは意外なものだ。
晴明の
☆☆☆
いつもは
――慣れぬことは、するものではないな。
「それで――? なんで、お前にここまでつきあわねばならん」
藤原冬真は渋面である。
「たまには、
「お前の口から〝優雅〟という言葉が出るとは思っていなかったぞ。なにか起きたかと駆けつけてみれば――、これか? 晴明」
晴明と冬真は、牛車の中にいた。
昨日――、大内裏にて冬真を見つけた晴明は、明日は牛車でうちに来てほしいと云った。
さすが右大臣家の牛車となると、俥の格も違うものである。
晴明は乗る機会は滅多にないが、冬真は牛車が嫌いらしい。今も
晴明とて、慣れぬ牛車には乗りたくはなかったが、妖がどのようにして牛車の中の人物を
こういうときに、牛車を借りられる貴族がいるとありがたい。
「まさか、本当に牛車で都の
胡乱に眉を寄せた冬真に、晴明はふっと笑った。
「妖を炙り出すためさ」
既に
「危険なことに、他人を巻き込むわけにはいかん」
すると、冬真の目が
「俺は危険に巻き込んでもいいのかよ……」
「そろそろ、くるぞ」
懐の欠片が、
「……晴明、
「大丈夫だ。私にも見えている」
牛車の中だというのに、水溜まりがある。
だがこれでわかったのは、水溜まりは何処でも出現し、その中に人間を引きずりこむということだ。たとえそれが、
しかし、水溜まりの中からは何も出てこない。それどころか消えようとしてる。
罠であることを感づかれのだろう。
「晴明!」
「
狩衣の
地の中を
「オン、サンマンダ、バザラダンカン」
晴明は
「くそっ、あのときのようには逃がさんぞ!!」
冬真が持参した弓矢を構えるが、自在に動き回る妖に狙いが定まらないらしい。
「
晴明の放った呪符により、地中の妖は動きを止めた。
「冬真っ、今だ!」
「言われなくても」
聞けば、冬真は弓の名手だという。帝の前での
放った矢が当たったのか外れたのか、何しろ地中のため、判断しがたい。
「――逃げられたようだな」
地に刺さった矢を引き抜くと、血がついていた。
「やつは
それはない――、あの青龍がわさわざ異界から降りてきて、晴明を
水に関する妖であることは確かなようだ。
不意に、誰かの視線を感じた。
振り向けば、一羽の
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