男(二才)の独白

われもこう

男(二才)の独白


 俺は勤勉だ。まちがいなく勤勉だ。

 自分でもそう断言できるし、ママもことあるごとに俺を勤勉だと呆れた顔で褒めてくれる。

 さて。では俺がどれだけ勤勉であるか。ざっと一日の流れを説明したら皆にも分かってもらえるはずだ。


 まず、朝目を覚ますと、俺はしゅたたたたと後ろ向きにベッドを降りて、おもちゃが収納された棚の前へゆく。そうしてその低い棚のなかから、車のおもちゃがたっぷり入ったカゴを一つ取り出して床にばら撒く。郵便車、クレーン車、ハイエース、レクサス、ロンドンバス、飛行機、ウィングトラック、行く先々でママに強請って買ってもらったおもちゃを眺めているとついつい頬が緩んでしまうが、男はやっぱキリッとしなくちゃな。

 俺はむずかしい顔をつくって、おもちゃの車をひとつ掴み、ソファの上で走らせたり、空中を飛んでみせたりする。その拍子に、ちゃんと擬音語もつける。「ぷうぉ〜ん」。覚えた言葉は使わないと忘れてしまうから、可能な限り口に出したほうがいい。


 やがて朝食になる。ほれきた拷問の時間だ。ご飯は食べたくないと、確かに伝えたはずなのに!また懲りずにこの時間がやってきたのだ。俺は言葉を話せないので、辛苦の表情を作り、涙を流し、体をのけぞらせ、ご飯を拒否する。しかしママは全然了解してくれない。それどころか、俺が苛烈に拒否すればするほどママは怒り出してしまう。俺は折衷案として、「クッキーにしようか」と言ってみる。「ボウロにしようか」とも言ってみる。しかし、これがまた、何故だかママの逆鱗に触れてしまうのだ。

 そんなこんなで朝も昼も晩もご飯の時間は戦争である。俺たちは死ぬまでお互いの気持ちを理解することはない。



 その後は外遊びか室内遊びだ。

 室内で遊ぶならブロックが定番だろう。これならママも楽しそうに付き合ってくれる。まあ、俺の場合は遊びというよりも全てが勉強なんだけど。


 しかし俺の二番目に好きな遊び「お医者さんごっこ」。これが始まるとママの顔からみるみる生気が消え失せてしまう。この遊びは俺がしまじろうのぬいぐるみを真顔で殴りつけることから始まる。ママの手の中でぐったりしたしまじろうを見て、「きゅうきゅうしゃ!たいへんだ!」と俺は騒いでみせる。ママは死んだ顔で「ピーポーピーポー」と言いながらおもちゃの救急車を走らせる。かくして救急車に乗り込んだしまじろうは病院へ連れてゆかれる。


 聴診器、カルテ、注射器、お薬、体温計。この五つの道具でもってしまじろうを治療してみせるのがママの腕の見せ所だ。しかし俺の期待とは裏腹に、ママはぜんぜん張り切ってくれない。


「ママ、ヤッテ、オイシャサン、ヤッテ!」


 覚えたばかりの言葉を使って捲し立てると、ママはしょうがないとばかりにしまじろうの治療を開始する。


「囚人の気分だ…」


 ママが何を言っているのか俺にはさっぱりわからない。が、まあいい。取り敢えずママは俺の望む通りに動いてさえくれればいいのだ。


 次の戦争は夜の寝かしつけだ。俺の遊びがどれだけ佳境であろうと、ママは時間になったら無慈悲にもテレビと部屋の明かりをパチパチ消してゆく。俺は動揺を隠しきれない。思わずパニックに陥ってしまう。もうねんねだって?早すぎる。お医者さんごっこはまだ終わっていないと言うのに。


 先にベッドで待っているママに向かって全力で走り出す。俺は泣き叫びながら、「オキヨウカアァァ」と提案する。ママは頑なに首を縦に振らない。アプローチを変えよう。「アショボウカァァァァ」これでもママは首を縦に振らない。絶望!生きることは苦しすぎる!思い通りにならないことばかりだ。


 泣き叫ぶうちに、いつの間にか夜は終わっている。俺はママの腕に頭をのせ、二の腕をモミモミしながら、満更でもない顔ですやすや寝入ってしまう。


 そうしてまた、朝を迎える。



 

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