第7話 ジェミニの事情

 ラリックス商会の先の商会長レプトスが自分の息子の相手に選んだのが、ジェミニであった。どちらかと言うと人の良い長男のオルガにはしっかりした妻に支えてほしかったからだ。結婚を機に商会長をオルガに譲り、レプトスは楽隠居を決めた。

ジェミニはその商才を遺憾なく発揮し、オルガをよく支えていた。仲睦まじかった二人は結婚二年目で子供ができ、これからも益々商会を発展させていこうと思っていた矢先、商談のために出掛けた先でオルガが事故に遭い帰らぬ人となった。レプトスはショックで体調を崩し寝込んでしまった。

そこへ放蕩息子の次男であるトラノが戻ってきて、自分が亡き兄に替わって商会を継ぐと言い出したのだ。それに対してレプトスはジェミニを立て、オルガとジェミニの子供が大きくなったらその子に商会を継がせると宣言したが、商会として男の存在が必要だろうなどと言い張ってトラノは引かなかった。

「ジェミニ、私を恨んでおくれ」

レプトスは商会の権利を、オルガが死んだ時点で総てジェミニに譲っていた。だから、このままレプトスが死んでもラリックス商会はジェミニが代表であることにかわりはない。

だが、トラノは権利がなくとも色々と難癖をつけてくるだろうし、トラノと組んで画策している弁護士も良い評判を聞かない。

「トラノをきちんと躾けられなかったのは、私たち夫婦のせいだ。それに巻き込む形になってお前にはどう謝っても償いきれない」

このままトラノを追い払っただけでは、何をしてくるかは判らないところがある。

そこで、レプトスとジェミニ、商会の役員達と話し合った結果、ジェミニとトラノを娶せて、ジェミニを商会長、トラノを副会長とすることにした。名目上はトラノは、今まで商会に携わっていなかったので、仕事を覚えてもらってから商会長に昇格させるという形にした。勿論、昇格はトラノの働き次第であり、役員4名と番頭のユーグレナが同意すればという話だ。

本当のところは時間稼ぎだ。勤勉ではないトラノが成果をそうそう残せはしないだろう。そうしている間に、可能ならば何かしらトラノを追い詰める方法を画策したい。最終的には、オルガの息子であるカエンが成人するまで持たせることを狙ったモノにすぎない。だが、そこまで上手くいくかどうかは賭けに近い。

カエンが成人すれば、トラノがいくら主張しようが商会の利権は彼の手に残らない。それをすんなりとトラノが待つとも思えないからだ。だが、中で囲うことで抑止力にはなるのではないかと考えたのだ。

「ジェミニ、いざとなったら商会を手放してしまっても構わない。私には、お前とカエンの方が大事だ。だが、商会を急に畳んでしまっては仕事をしてもらっている者達に迷惑がかかる」

「判っていますわ、お義父様」


「え、あの人は僕の父親じゃないんだ」

「ええ、前の旦那様、太一郎君のお父様の弟になります。家を出てほとんど連絡なんて無かったのですが。オルガ様が亡くなられたのをどこからか聞きつけたのか、突然現れて」

ヴィオラさんが嫌そうに顔を歪めた。

「それでも、大旦那様が、生きてらした頃はまだ真面目に仕事をしていたんですれど」

ヴィオラさんは、ため息を付いた。

「半年前に大旦那様が亡くなられたら、次第にあまり仕事に熱心ではなくなられて。この家にもあまり帰ってこなくなったのです。ジェミニ様は真面目な方なので、色々と助言されるのが、煩わしいとおっしゃって」

一つだけ、安心したことがある。あの男は現在の書類上の関係は父親だが、血の繋がりでは叔父だということだ。血の繋がりがないわけではないが、直ではないのが安心材料だ。

あの時以来会っていないのに、もの凄く嫌な奴だという印象が拭えない。


 あと二週間。ジェミニは決心していた。カエンに商会を継がせたいと今まで色々と行動していた。だが、成人までの16年間は長いとも思っていた。そのため、商会を速やかに畳む用意も考えていた。

トラノにラリックス商会の実権が万が一移るようなことがあれば、真っ当な商会として今までやってきて築き上げてきた信頼などを利用して、闇取引に手を出しかねないことも想像できた。彼と組んでいた弁護士はその筋との繋がりが噂されてるし、トラノを取り込もうとしている節がある。先だってトラノが契約を持ちかけてきた商会は、違法薬物を輸出しようとして隣国とトラブルを起こした商会だ。トラノを通じて隣国との取引に信用のあるラリックス商会を隠れ蓑にして、輸出を続けようとしているのかもしれない。

行方不明になったカエンが15歳という年齢で戻ってきた。あと3年でカエンは成人を迎えることができる。しかも商会としては非常に有能な【収納】と【転移】のスキル持ちだ。トラノにとっては青天の霹靂だったことだろう。

このままカエンがここに残ってくれるのであれば、対抗しようかとも考えていた。でも、カエンは向こうの世界に帰りたいという。物心つく前から13年間も過ごした場所だ。良い両親にも恵まれたようだ。そう思うのは、仕方が無いことかもしれない。

だから、この二週間で段取りを組み、カエンが向こうの世界に行ってしまったら商会を畳もうと決心した。商会員達の新しい就業先に目星はつけてある。

カエンが行方不明になって、ここ1ヶ月の間に商会を畳む方向に色々と手を打ち始めていたからだ。だけれども、カエンが見つかった。カエンがこのまま残ってくれるならば、商会を残そうかとも思ったが。カエンは向こうの世界に行きたいと言う。

だから、商会はやはり畳もうと思う。その事をトラノに悟られないように、カエンには向こうの世界に行く話をしないでくれるように頼んだのだ。

もし、失敗してカエンがこの世界に残ってくれることになっても、二人で生きていくことになったならば、自分の才覚でいかようにでもできるはずだ。

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