第5話 帰れるかもしれませんが、問題があるそうです

 神殿には3日通って1日休むという形になっている。神殿は家から歩いて20分ぐらいなので、歩いて通うことにした。ジェミニさんは馬車を使ってほしそうだったが。


 ディギダリアさんの指導の下、自分の中にある魔力を認識するところから始まった。

「人によって多少の違いはあるけれど、胸よりも下で臍の上部、胃のある辺りが魔力の出発点だと言われている。それが肺に上昇し肺から全身を巡っている。ここはどうもルートがはっきりしてないんだが、他の部分は全身をボンヤリと魔力が巡っているわけではなく、血管のようなルートがきちんとあるんだ。ただし、血管のように目に見える形にはなってはいない。まずは、そのルートを認識するところから始めよう」

そうして掌サイズの赤い球を両手で持たされ、親指の爪の付け根の内側に印をつけられた。後ろに回ったディギダリアさんは、僕の両肩を掴むと

「目をつむって、お腹から肺にかけて意識してごらん」

少し間を置いて、

「肩から親指にかけてのルートに、私の魔力を少しだけ流す。その流れを意識してごらん」

そう言われると、肩の触られている場所の一点から親指にかけての暖かな流れを感じた。両腕の暖かな流れをずっと意識していると確かに、まんべんなく通っているというよりも、何かルートがあるように感じられた。

肩が出発点で、爪の部分が到着点かな。どのくらいそうしていただろう、

「目を開けてもいいよ。どうだい、何か感じられたかな」

いつの間にか肩から彼の手は離れていて、彼は僕の正面に立っていた。

「ええ、なにか肩から親指にかけて暖かい流れみたいなのを感じました」

彼はちょっと驚くと、嬉しそうに笑った。

「最初から判るなんて、君は筋がいい。教え甲斐がありそうだ。このルートは最初のルートで、ここから始まって全身に回るルートを認識していくんだよ。この赤い魔玉は魔力を認識しやすくするための道具なんだ。時間があるときや寝る前に、この魔玉を使って今のように魔力のルートを認識する練習をしてほしい。一つずつルートは増やしていくからね。ルートは12ある。大丈夫だよ、この調子なら直ぐに覚えられる」

魔力のコントロールのためにはこのルートを把握し、淀みなく偏り無く魔力を意識して巡らせることが大事だと言われた。


 魔力のコントロールの方法を学ぶ前に、僕はディギダリアさんに聞いてみた。

「僕が暮らしていた世界では、魔法なんてなかったんです。僕はここに来て魔力があるって言われましたけど、元の世界に戻ったら元通りの魔力無しに戻るんじゃないかと思うんですけど」

「う~ん。そんな単純にいくとは限らないかな。発現したのは界渡りをしたせいだと思う。でも発現してしまったからには、元の世界に戻っても魔力なしにはならないと思うな。君は元々この世界の住人だから、向こう側にいる間は魔力が発現するきっかけがなかっただけの可能性が高いからね。特に2回の界渡りのせいで魔力量が増加してしまっていることもあるから、魔道具とかで魔力を封印するのはなかなか難しいと思うよ。だから、元の世界に帰るにしたって魔力のコントロールだけでもできるようになった方がいい。使わなければ良いというものではないからね。感情的な昂ぶりで魔力が暴走した場合、大事故になりかねないから」

暴走を防ぐためには、魔力コントロールだけでなく、魔法の基礎知識やある程度の魔法を扱えることが必要になると言われた。何かあって魔力が暴走しそうになった場合、魔法という方向性を与えてそちらで発散させるという方法があるためだそうだ。

「一番いいのは、雨を降らせることかな。でも天候の魔法は難しいからね。天空に光の花を散らせる花火が簡単かな」

向こうの世界に帰るときには、魔術書を持っていくことを勧められた。魔術書を読むために、基本的な講義には魔法だけではなく文字も習うことになった。文法は同じようなので文字を覚えればなんとかなりそうだが、この文字が日本語と同じ表音文字と表意文字だった。平たく言えば仮名と漢字のようなのだ、形が全然違うけど。表音文字については、あいうえお順の表をつくって一生懸命覚えている。表意文字については絵付きの辞書を片手に四苦八苦している。欧米人が日本の文字を覚えるのが大変だと聞いたことがあったが、その気持ちが判る気がする。この年で、絵本を声を上げて読むのは、精神的な何かがゴリゴリ削られていくようで辛いです。う、早く帰りたい。誰か翻訳機を作ってください!


 1週間経った頃、マグノリアさんから連絡が来た。明日は神殿に行くのは休みの日なので、ジェミニさんとマグノリアさんのところへ向かった。

「君のいた世界の座標軸は大体のところは判った。向こうの世界には君が行方不明になる前に使っていた君の靴があるんだ。その痕跡を辿って座標軸の特定をした。どうやら入れ違いになった君の靴は捨てられることなく保存されたのだと思う。靴が破棄されていたら、座標軸の特定はできなかったかもしれない」

「じゃ、帰れるんですか」

僕は前のめりでマグノリアさんに迫ったが、反応は芳しくなかった。

「同じ世界に帰ることはできるかもしれない。行き来ができる最終確認の用意を今しているところだ。

だが、可能だったとしても幾つか問題がある。

まず、この世界と向こうでは時間の流れが違う可能性が大きいと言うことだ。君が行方不明になってからこちらでは2ヶ月しか経っていない。でも現れた君は15歳で、13年間も経っている。これは特殊な事例でない限り、2つの世界の時間経過に違いがあるということだ。

そして、君を帰すための準備は上手くいっても2週間ほどかかる。そのため向こう側に無事にそのままの座標軸で帰れたとしても、君がここに来てから短くとも4年半は経ってしまっている。

それともう一つ。君が向こう側に帰る代償として向こう側の物がこちらに来なければならない。君が使用していた物になるが、その時間のズレの中でそれが確かに存在していないと術が発動しない。そして、術式を始める前にその物を指定しなければならない。それを君に指定してほしい。私には判らないからね。

その指定した物がもし君が帰れる時間帯にすでに消失してしまっていた場合は、この術式は発動しない。失敗と言うことになる。

それから肝心なことだが、この術式は1度目を失敗すれば、2度目はない。

そうはいっても最終確認をしてみないことには、本当に戻れるかどうかは保証できないんだが、座標軸は判ったので時間がかかっても良いなら他の方法を探すという手もある」

「失敗した場合、僕はどうなるんですか」

「この世界に残るだけだ。中途半端なところに跳ばされることはない。安全策はきちんととる」

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