第4話 それでも僕は帰りたい
お腹が一杯でお風呂に入って身綺麗にし、ふかふかなベッドで横になった。学校帰りから驚きっぱなしだし、心細かったりもする。寝て起きたら夢だったということにならないかな。ジェミニさんの家は大きかった。学校の校庭ぐらいある広い庭に、お屋敷としか思えないお家で近所の図書館ぐらいの建物だった。お手伝いさんみたいな人達もいた。みんな僕のことには驚いていたみたいだけど、僕が疲れているだろうと早々に食事が用意されて、ジェミニさんと食べた。子供部屋は小さい子用になっているので、客間と呼ばれるところで寝ることになった。で、ベッドの中だ。色々と考えたかったのだけれどすぐに寝入ってしまった。
朝、目が覚めても昨日のベッドの中だった。夢ではなかった。父さんも母さんも僕を心配しているだろう。優希はどうしているだろう。僕が消えちゃったことを話しても誰も本気にしてくれなくて困っているかもしれない。起き上がって、色々と考えていると、
「太一郎君、おはようございます」
昨日会ったお手伝いさんの一人、ヴィオラさんがドアを開けて入ってきた。
「おはようございます」
昨日、あれこれ話をして太一郎と呼んでもらうことにした。最初は太一郎様呼びだったのを、太一郎君に変えてもらったのだ。だって、様なんて呼ばれたら、居た堪れなくなる。それにカエンって呼ばれてもピンとこないし。ジェミニさんは寂しそうだったけれども、両方使うということで了承してもらった。だからジェミニさんはカエン呼びのままだったりする。
ヴィオラさんは着替えを持ってきてくれていて、朝ご飯が食堂に用意してある事を告げてくれた。
ジェミニさんは朝から商会の仕事に向かったらしい。昼頃に戻ってくるので一緒に昼食をという言伝をヴィオラさんから聞いた。
僕も昨日は早々に寝ちゃったし。仕事が忙しいのかな。
そういえば父親という人にはまだ会っていない。昨夜は僕が寝る時間までに帰ってこなかったからだ。
朝食を食べてお昼まではやることもないので、客室にいることにした。何冊か本があったが全く読めない。なんとなく日本語ぽい気もするけれど、知らない文字だ。この世界でこのまま生きていかなければならなくなるとしたら、これ、読めないと大変だな。昨日の話だとここには魔法もあるみたいで、魔法にはすごく興味があるけど。でも、やっぱり帰りたい。皆心配しているだろうし。そんなことをもんもんと考えながら時間が過ぎていった。
「本当にこの子がカエンだというのか。」
昼食の時に、ジェミニさんと一緒にやって来た男性が僕の顔を見るなり胡散臭そうな嫌な表情をしてそう言った。この人が父親だという。
「話したでしょう。神殿でも間違いなくカエンだと証明してくださいました。証明書も発行していただきました」
ジェミニさんは揺るがない。どちらかというと自分の夫の態度に失望した様子だ。
「こんなに大きくなっているなんて、おかしいだろう。どこが認めても俺は認めないね」
こちらを睨めつけて食事も取らず食堂を出ていった。ジェミニさんは一つため息をついて
「ごめんなさいね」
と謝ってくれたが、正直あの人が父親だというのはちょっと嫌だった。僕の父さんは無口だが、とても穏やかな人だ。あんなのが父親だとか思いたくもない。
居心地が悪いままで、なんとなく話すこともなく昼食を食べた。
昼食後、僕の方から切り出した。ここで言っとかないとと思ったからだ。
「あの、僕はやっぱり元いた場所に帰りたいです。確かにここで生まれたのかもしれませんが。言葉はなぜか通じますが、本も読めませんでしたし、この世界のことは何一つわかりません。僕にとってはここは見知らぬ場所です」
昨日の神殿でのやり取りや、ジェミニさんの行動をみればこのままここで生活していくことがほぼ決まっているような雰囲気だったが、やはり帰りたかった。
「それは…。あなたは魔力持ちだったでしょう。元の世界に戻るにせよ、きちんと制御できるようにならないと。界渡りのせいで魔力が高くなって暴走するかもしれないと司祭様もおっしゃっていたでしょう。それに、あなたの世界が特定できるかどうかはまだ調査中だから判らないの。だから、時間をちょうだい。もしかしたら、すぐに馴染めるかもしれないわ」
確かに、昨日の司祭様と魔力をコントロールする方法を習うという話になっていた。こっちに来ちゃったから魔力が高くなったのかな。今まで超能力とかなかったもんな。ポルターガイストだって起きたことなかったし。
ジェミニさんはどちらかと言えば、残ってもらおうと思っているのだろうけど無理強いはしないと言ってはいたし。
黙ってしまった僕に
「マグノリア氏から連絡があれば、すぐに知らせるから」
ジェミニさんがそう続けてくれた。
「よろしくお願いします」
考えてみれば、帰るためにも多分お金がかかるんじゃなかろうか。マグノリアさんは仕事で失せ物探しをして、僕が現れたみたいだし。僕にとっては誘拐みたいな形で連れ去れてこられた感じだけれど、ジェミニさんがお金を出してくれないと帰ることができないかもしれない、ということに思い至った。
だから、ジェミニさんにあまり強く主張して嫌がられないようにしよう。
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