第3話 ホントに僕はここの人?

 神殿の少し入ったところに受付のような場所があった。

「先に連絡を入れましたラリックスです。クレピディフォリア司祭様にお取り次ぎをお願いします」

簡単なやり取りを経て礼拝堂を抜け、神殿の奥の部屋に通された。キレイに研磨された石が幾何学模様を描いた磨きあげられた床に先程の魔法陣が彷彿された。神殿だからと言って魔方陣じゃないよなと思いながら眺めていた。部屋の奥には大きな祭壇があり、前机には水を湛えた大きめの杯が置かれている。案内人は二人が部屋に入ると

「しばらくお待ち下さい」

そう言っていったん出ていった。

応接用のソファに腰掛けて待っていると、先ほどとは別の女性がテーブルにお茶とお茶請けを用意してくれた。

しばらくして、白髭を蓄えて穏やかそうな様相で背筋の伸びた老輩とそのそばに控えた若い男性の二人が部屋へ入ってきた。このお爺さんがクレピディフォリア司祭様だろうか。

「ラリックス様。お待たせいたしました」

「クレピディフォリア司祭様。お忙しい中、本日はお時間をいただきありがとうございます。ご連絡させていただいた時にも申しましたが、先日行方不明になった息子の件で伺わせていただきました。実は、息子についてマグノリア師に失せ物の召喚術を依頼しました。息子は界渡りをしていたらしく、成長した姿で戻ったのです」

ジェミニさんは横に立っていた僕の肩に手をかけた。

「そこで、親子鑑定をお願いしたいのです。召喚術といっても絶対とは言い切れないと言われそうですし、この子自身にもはっきりさせたいところだと思います」

僕は別に悪いことをしたわけではないのに、かなり緊張している。だけど、司祭様の眼差しはとても優しげで、じっと見つめられていると少し緊張の糸がほぐれた。

「君は幾つになるのかな」

「15歳になります」

目を合わせて年を尋ねられた。少しこの司祭に親しみを覚えたのは、祖父に似ていると思ったからだろうか。ジェミニさんはちょっと吃驚したようだった。そういえば年の話はしていなかったか。僕はよく年下に見られるから、それでかもしれない。

「確かご子息が行方不明になったのは2ヶ月前で、2歳でしたな」

「はい。方々手を尽くしましたが見つからず、賭けに近かったのですが失せ物の召喚術に頼ったのです」

後から知ったのだけれど、失せ物の召喚術は、物におこなうのが中心で人に使うことは滅多に無いらしい。人の場合は失敗する確率、見つからない確率が高いうえ一回失敗すると二度目はできないかららしい。

「界渡りをしたということは、加えて能力も見たほうが安心でしょう。界渡りをすると魔力が上がるという話もあります。15歳であれば能力値をみるのにも問題は無いでしょう。では、奥の祈りの間へ」

入ってきたドアとは対面にある、もっと荘厳な感じのする観音開きのドアを司祭様のお付きの人が開いた。そこへ司祭様を先頭にして4人して奥の部屋へ入っていった。

その部屋は学校の教室を縦に並べたような広さで中央よりもやや奥まったところに祭壇があり、その奥には女神様の像が設置されていた。祭壇の女神像の前には何やら文様が描かれている。

祭壇には僕が持ったら一抱えでも持てないような大きな白乳色の丸い石と、その前に水が満たされた銀色の水盆があった。

「まずは親子鑑定をいたしましょう。親子鑑定には血液が必要です。針で指先を少し傷つけ、器の水に指を入れていただけますかな」

お付きの人が祭壇にある銀のお皿の水を小さなボールにちっちゃい柄杓で汲み入れた。そのボールと小さな針をもってまずはジェミニさんのところに来た。

ジェミニさんは言われたとおり針で右手の人差し指の先を指すとプクリと小さな血の玉が指先に浮かんだ。それから指先をボールの中につけた。僕も真似して同じようにした。

お付きの人は小さなボールを司祭様へと渡す。司祭様がそのボールを女神像の前にある文様の中央に置き、拝礼をして印を結び何かを唱えると水が淡く光り輝き透明だった水の色が真っ白になった。あの文様も魔方陣だったのかな。

「正しく、その子はご子息に間違いないようです。神殿から証明書を発行するよう手続きをしましょう」

ジェミニさんはほっとしたような表情になって僕を抱きしめた。でも、ほんの少し寂しそうにも見えた。そうだよな、2歳の子が突然こんなに大きくなったら複雑だよな、自分のことでもあるのにどこか他人事のように感じた。

「ありがとうございます」

ジェミニさんの言葉に司祭様が鷹揚にうなずき、僕に大きな白乳色の玉の前に来るように示した。

「さあ、この玉に両手をつけてごらん」

言われたように両の手を玉につけてみると、玉は冷たいかと思ったけれどほんのり暖かだった。僕が触れると玉の白乳色だった色が渦を巻き出して虹色に輝き、頭の中で声が響いた。気がつくと司祭様も白乳色の玉に触れている。

「君にも神様の声が聞こえたかな」

うなずくと司祭様がニッコリと笑ってくれた。

「ご子息は魔力がやはり高いですね。これからでも学校へ通わせる方がよろしいでしょう。スキルとしては【収納】、【転移】があります」

そうジェミニさんに告げた後、司祭様はそっと僕にだけ聞こえるように言った。

「いいかい。他の人に私が言った能力以外のことを話してはいけないよ。なにか困ったことがあったら、いつでも相談においで」

そう言って茶目っ気がある笑顔でウィンクしてくれた。きれいなウィンクだなと変なことに感心しながらも、ぼくは司祭様に判ったというように頷いた。

僕が聞いた声は司祭様が言わなかったことも告げていたのだ。司祭様を信用したというよりも、僕自身が司祭様のいう「神様の声」に戸惑っていたからかもしれない。

「最初から学校へ行ってもなかなか馴染めないかと思います。よろしければしばらくこの神殿にお通いください。こちらのディギタリアが教授いたしましょう」

「そんな、よろしいのですか」

「転移は特殊なスキルです。しかもご子息の魔力量はすでにかなり高い。万が一暴発してしまった場合は、どこに飛ばされるかもわかりませんし魔力は使い方を誤れば命にも関わります」

隣でジェミニさんが息を呑むのが判った。

「それから、これはお守り代わりに差し上げましょう」

司祭様は女神様の足元にある台にある小さな引き出しを開けた。そこから小さなコインのついた鎖、ペンダントを出してきた。それを僕の首にかけてくれた。

「これはお守りだ。いつも身につけておくのだよ。これは君の魔力を安定させてくれるし、何かあったときに君を守ってくれるだろう」

その後、簡単な打ち合わせをして、僕たちは神殿を後にした。

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