第2話 神殿へ向かう

 結局、失せ物探しの魔術師だというマグノリア氏とラリックス夫人の話を聞き入れ、取り敢えず夫人とともに神殿に行くという話になった。アフターケアまできっちりと面倒を見てくれるということに説得されたからだ。

それに加えて話に出てきた2歳という単語に引っかかりを覚えた。実は中学に上がったときに両親から自分が養子だという話を聞かされていた。

2歳の時に引き取ったのだと。両親の子供が交通事故で死に、その後引き取ったのが太一郎だったと。誰か他の人から噂で耳にするよりも良いだろうと話をしてくれた。

元々両親や親戚の人たちと自分がどこか似ていない気がしていたので、自分の中ではストンと腑に落ちたものがあった。

本当に僕がカエンという子かどうかは別にしても行ってみる価値はあるだろうと思ったが、そのことについては口にする気は無い。彼らが実際にどれだけ信用できるか分からないし、自分の情報をむやみに相手に与えるものではないだろうと思ったからだ。


 玄関から外に出て思わず立ち止まってしまった。確かに、ここは異世界だと痛感したからだ。部屋に居た二人の服装も、街行く人の服装も自分が知っている服装と大した違いはない。神殿に連絡したのが固定電話ぽかったし、部屋の中もそれほど違和感がなかったので、外の風景は衝撃だった。

大通りに面したその建物の外にいる人々は、見たことのないタイプの人々が平然と歩いている。二足歩行の狼や虎、猫がいる。人と獣が混じっているものもいる。ファンタジーでいう獣人という存在だろうか。勿論、普通の人々も多いのだが。

車道に走る車は自動車じゃない。馬車型のものだが、それを引いているのはどうみても作り物の馬だ。大型のトカゲに鞍をつけて直接乗っている人も通り過ぎた。こんな大規模なドッキリにかけられるほど自分に価値はないはずだ。

立ち止まって唖然としていると、ラリックス夫人が訝しげな表情で話しかけてきた。

「どうしたの、大丈夫?」

「えっと、いえ。僕のいた世界じゃないなと、実感しました」

戸惑った表情であたりを見回す自分を不思議そうに夫人は見つめた。

「どこか違うのかしら」

彼女にとっては日常風景なのだろう。

「そうですね。僕の暮らしているところではモフモフの人はいません。それに、機械仕掛けの馬もいません。ここは、僕にとってはまるで絵空事のような世界です」

「絵空事?」

「えっと、小説とか物語とかだとこういう世界の話があるんです。でも魔法とかそういうのは、僕の周りにはなかったです。建物や服装なんかはあまり違いがないかと」


 神殿までは距離があり、夫人の馬車で行くという。

彼女とともに馬車を止めてあるところまで向かう中でも、キョロキョロと周りを見回してしまう。が、夫人は気にした風もなく微笑ましげにこちらを見ているので、少し恥ずかしくなった。

「あれがうちの馬車よ」

少し離れた場所に、駐車場というか馬車止めだろうか。そこには幾台もの馬車がある。大型のものから小型のものまで様々なタイプの馬車が止められていたが、御者は見かけない。繋がれているトカゲは寝ていた。そのうちの一つに近づくと夫人は作るものの馬に語りかける。

「イルゼ、神殿までやってちょうだい。乗車は2人よ」

「了解シマシタ」

自動的に馬車のドアが開き、馬車に乗れるように階段が現れた。

「さあ、乗りましょう」

ラリックス夫人が先達して手を差し伸べてくれた。エスコートといえば本来は逆なのだろうが、そんなことには気がつかなかった。手を引かれて馬車に乗り込むと、自動でドアが閉まりゆっくりと発車した。

進行方向に向かって座席が並んでいて、前方はガラス窓になっていて外が見える。御者が居なくとも問題がないらしい。

「誰も制御しなくても、大丈夫なんですね」

「ええ、イルゼが問題なく移動してくれるわ。昔は生き物の馬が馬車を牽いていて御者が必要だったけれど。ゴーレム馬だったら御者が居なくても目的地につけるので便利よ」

「じゃあ、御者だった人は失業ですね」

「そんなことないわ。ゴーレム馬を調教する仕事があるもの。彼らが道や馬車の対応を教えているのよ。ゴーレム馬は魔道具師が作り上げ、御者だった人たちがゴーレム馬を馬車用に仕立て上げるの。道だって覚えなければならないし、覚える方法も知らなければ」

馬車の中でいろいろな話をした。それでラリックス夫人に自分のことはジェミニと呼んでほしいと言われた。

お母さんと呼んでくれと言われても難しいかもしれないが、名前ならばまだ呼びやすいので了承した。僕のことは太一郎と呼んでほしいと告げた。すこし、ジェミニさんは寂しそうな表情になったが。


「神殿二到着シマシタ。下車シテクダサイ」

神殿に着いたようだ。神殿の門の前で馬車は止まり、二人が降りるとドアが閉まりゆっくりと移動しだした。

「え、馬車勝手に行っちゃいましたけど」

「大丈夫よ、神殿の馬車止めに行っただけだから」

 神殿と呼ばれた建物を見上げて、うろ覚えだがサグラダ・ファミリアってこんな感じなのかなと、そう思った。荘厳な雰囲気の建物ではあるがそれなりの人が行き来していて、人に止められることなく中に入ることができるようだ。

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