絶対に言いわけしない方が良かった人
砂塔ろうか
何も考えてないんじゃないんです。言いわけだけを考えたんです
瀟洒な空間だった。
年代物の調度品の並ぶその部屋は、良く言えば歴史の生き証人のようであり、悪く言えばカビ臭い——そんな印象を与える。
部屋の中には、少女と老女が向き合うように座っている。老婆の側には質素ながらも気品に満ちた木製のデスクがあり、少女の側には椅子以外なにもない。
少女——革張りの高級な椅子に座らされている、黒の制服を着た少女は全身を強張らせ、緊張に震えていた。
相対する老女——机の上には「理事長」と書かれたプレートがある——は少女を射竦めるような視線で見つめている。
「ち、違うんです」
先に口を開いたのは少女だった。
「私はまだ、何も言っていませんよ」
老女は呆れたようにため息をつく。
「え、じゃあアレは許されたんですか……?」
「私はまだ、何も言っていませんよ。話を勝手に進めないように」
しかし少女は抗弁する。
「か、勝手に話を進めたんじゃありません! 円滑に話を進めようとしたんです! だってホラ、ここってすごくカビ臭くって息を吸うのもちょっとアレじゃあないですか! だから、話が早く終わればお互いハッピーかな~~~~~……なん、て…………」
——仏の顔も三度まで、という言葉がある。温厚な人相手なら、3回までは怒らせるようなことをしても許してもらえる、という意味である(——と少女は記憶している。正しい意味・用法は自分で調べてみよう)。
少女はいま確信した。残機が1減った、と。
老女は咳払いする。
「さて。あなたをここに呼び出した理由ですが——ええ。あなたもお察しのとおりの理由です。あなたが————」
「やっぱり! やっぱりアレなんですね!? 私はもう退学なんですね!? そうと決まれば話は早いです! すぐに荷物をまとめて退寮の手続きをしてきます!! 時間は有限————!」
と、部屋から出て行こうとする少女を一際強い咳払いで理事長は諫める。
残機がまた一つ減ったのは、言うまでもない。
「……座りなさい?」
にこりとした微笑みで老女は言った。
笑顔の起源は威嚇——そんな話を思い出させる、笑みだった。
「あ、あの。違うんです」
「説明を許しましょう」
おずおずと席につく少女に老女は寛大な心を示した。さながら巨大なダム湖のような——と常々自分の器の広さを表現する老女だったが、その実、この時すでにダムは決壊寸前の状態にあった。
少女はそれを察知して、慎重に言葉を選ぶ。
「えっと……ですね。これは、私なりの思いやりなんですよ」
「続けて」
「人間とはいつか死んでしまうもの。どんなに長いように思えても、時間は有限なんです。とくに、理事長にとっては切実な問題でしょう……」
ピキッ。————人知れず、ダムにヒビが入る音がした。
しかし、少女は気付かない。
気付くことなく、話を続ける。
「そして。世の中にはただでさえ有限の時間を縮めてしまう要因がたくさんあります。食べ物、不摂生、毒茸、バターフライ、深夜3時のカップラーメン……」
「食べ物ばかりですね」
「……食べ物以外にも、もちろん要因はあります。そう。ストレスとか!
理事長。私には分かるんです。理事長がさっきから、ストレスに苛まれているということが」
ピキッ。ピキッ。
決壊の時が迫る。
少女は無遠慮に話を続ける。
崩壊までの時間を、ほかならぬ自分自身が縮めていることに気付かず。
「そして私にとっても、ここでの時間はストレスです! つまりwin-winならぬlose-lose! これはもう早いところ話を終わらせた方が身のため世のため人のため! どうせ学校を退学になったところで生きていく道はたくさんあるんですから、退学なら退学でもうそれでいいかなってことで! 私は帰らせて頂きます! ありがとうございました————!」
そそくさと、部屋の扉を開けて少女は退散していく。
……………………それから数時間後。
泣きべそをかいて理事長室から出てくる少女の姿が、そこにはあった。
【後日談】
2年と少しが経過した後、少女は無事にこの学園を卒業した。
(了)
絶対に言いわけしない方が良かった人 砂塔ろうか @musmusbi
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