錆びれた心

「ヲル、ス?」

「なんでお前が!」

 二人の心情は真逆だった。

「黒洞で逃げた。間一髪だったが、見ての通り魔力がもうない」

 私は安心して、握っていた剣を手から離した。

「お前の企みは、果たせなかったみたいだな」

 遠くで、光が見えた。

 夜が明けた。影は粛々とその力を失って鞘へと戻る。

 夜のうちに傷をつけられなかった剣は、人々に通らない。

「くそっ、なんでこんな!」

「景」

 振り返ると、刀鍛冶のおじいさんがいた。景は驚いた様子で目を見張り、同時に憎らし気に彼を睨んだ。

「鋼を、殺したみたいだな」

「そうだ。そして俺もじきに死ぬ」

 そう彼が言った瞬間、おじいさんは彼の顔面を殴り飛ばした。その勢いのまま彼は飛ばされて血を振り撒く。

「頼ってくれれば、もっと違う未来があったんだぞ」

「うるさい!そんな未来この世界にどこにも……!」

 言い終わる前に、おじいさんは彼を抱擁した。有無も何も言わず彼はただそれを受け入れた。もう彼は抵抗する力すらない。

「すまなかった」

 彼は涙を流しながらただただ抱きしめる。皺の寄っていた景の顔はだんだんと穏やかになっていく。

「あんたが悪いんじゃない」

 そう言って彼は一度左手をおじいさんの肩に回すと、そのまま目を閉じて力尽きる。

 腕がするりと落ちていき、首がうなだれる。


 結局、彼の葬儀は村総出で行われることになった。それは贖罪という意味も、そしてこれからこのような悲惨な出来事を生まないようにするためという教訓とするために。

「数日間、ありがとうございました」

「いや、私の方こそ彼を助けてくださりありがとうございました」

 おじいさんにお礼を言って、四人は村を離れ学園に帰る。

 セーレ先生に事の顛末を伝え終えると、「随分と苦労したんだな」と申し訳なさそうに謝られた。それなら宿題減らしてもらえませんか、と交渉してみたけどそれは却下された。残念ながら温情はなかった。

「ようやっと帰った。たくさん書類がたまっているんじゃ、手伝ってくれ」

「…………本当にロノウェ先生は私がいないとだめですね」

 久しぶりに先生に会いに行ってみると、とんでもない量の書類が山のように積みあがっていた。一体留守にしている間に何があったんだと思うほどの量を目の前に扉は閉まる。

「これからどうする?」

「言ってもまだ夏休みだからな」

「じゃあ、あれしよあれ」

 レイルが何やらはしゃいでいる。あれだけの怪我をしていたのに今じゃすっかりぴんぴんして遊ぶ気満々だ。

「模擬戦しよ!」

「え?」

「ほら、僕の奥の手というか最新技というか見せられなかったじゃん。だから模擬戦で見せようかなって」

 いつからこんな戦闘狂のようなことを言うようになってしまったんだろう。だけど、ここにはそれに応答してしまう人がいるんだけどね。

「いいぞ、俺が新技もろとも叩きのめしてやる」

 私は、二人がやりすぎないように見守る。夏休みが終わるまでにレイルが勝てるといいけど。ヲルスの本気に一回でも勝てたら万々歳だもん。エレインも、少しだけ彼と模擬戦をしてみたいと思ってしまった。

演習場に着くと二人とも一度準備に取り掛かった。一応セーレ先生に許可は取ったし、なにより夏休みなのでほとんどの学生は学園に残っていない。思う存分学生同士で戦う機会は逆に少ないともいえる。

「じゃあ、二人とも用意はいい?」

「ああ」「いいよー」

「それじゃあ、はじめっ」

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悪魔殺しの学園録 日朝 柳 @5234

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