炎上
だんだんと、視界が狭まっている気がする。もう助からないことは誰に言われずともわかる。心臓の音がやけに大きくて周りで燃え上がる家々の音がかすんで聞こえた。
「見つけた」
町から逃げ出した住民たちを見つけて、俺の残り少ない血肉が燃え上がっていくのを感じる。あと少し、あと少しだけもってくれ。
それさえ成せればもう心残りはない。
一歩、一歩。足取りは重くなっていく。
視界がくらんで足がおぼつかなくなる。それでも手にした剣は離さない。
「最後だ。俺の力、全部もってけ」
地面に剣を突き刺して、体を支える。現れた影は徐々に分裂して静かに彼らに忍び寄る。
「あぁ、まずい。もう来たのか」
「景、追いついたぞ」
ここが、正念場だな。
「俺はお前に負けようと、俺の本懐を果たす」
後ろ姿が見える。弱弱しくもそれでいて執念深い、振り返られればきっと委縮してしまう。そんなオーラを感じる。
「景、追いついたぞ」
ヲルスが声を飛ばすと彼は振り返った。
周りで燃え上がる家々はまるで彼の心情風景を表したかのようで、共感はせずとも同情はする。
「もう、諦めることはできないんですよね」
「そうだ。止めたいなら俺を殺せ」
会話をしている最中も、彼は影を非難した人のほうへと向かっている
「どうするんだエレイン。これ以上待ったら町の人が死ぬ。俺は動くからな」
ヲルスはレイルから預かってきた剣を抜く。
「駆けろ、韋駄天」
「命投げうって、銘を明かす。真名 月下抱擁」
雲に隠れていた月は、雲越しであってもその光を地面に照らす。その光は地面に影を映し出してその影がヲルスに向かっていった。
さっきまで伸びていた影はより俊敏に動くようになり、避難していた人々に向かっていた影は方向転換してヲルスに向かって引き返す。ヲルスの放った韋駄天は新たに伸びた影に防がれ、引き返した影はヲルスの体を貫かんと地面から離れた。
「言うのを忘れてたな」
「今更遅い」
「俺は、近接戦が一番得意なんだ」
彼は剣を捨てて両腰にあるケースから礼装を取り出して身に着ける。背中に怪我をしているとはいえ、その速さはより深手を負っている景からしたら対応できたものではない、影を除けば。
「残念だったな」
彼の拳は狙い通り失った腕をめがけていた。ただし、彼の操る影が再びその行く手を阻む。何度拳を叩き込んでも、影は伸縮自在のゴムのようにその攻撃を受け流す。
影はそのままヲルスを包み込むように囲んでいく。やがて圧縮するようにヲルスを潰そうと侵食していく。
「陰ろ、朧月」
「分かて、シュリ―スル!」
何度剣を振るっても、影が斬られることはない。
「落ち着け、俺を信じろ!」
中からヲルスの声が聞こえてくるが、私は気が動転して彼の声が耳に入らない。剣を投げ出して影を引きはがそうと何度も爪を掛けようとするけれど引っかからないで滑り落ちる。中から叩く様子が途中まであったが、無理矢理押し込められてその反抗も消える。
「そんな……」
影はそのまま地面と一体となって、ヲルスの姿は影も形もなくなる。
血の一滴すら垂れることはなく影はヲルスを飲みこんでしまった。
「なんで、またこうなるの」
かろうじてまだ立ち上がることのできた景は私を一瞥することもなく逃げた人のいる方へと歩いていく。
いつの間にか、杖を握っていた。
あるいていく彼に向かってその先は向けられている。
あれ、私なにしてるんだ。
体中に魔力が流れる。隠れていた左目は潤沢な魔力で輝いて見える。
「都合の良い
見つめた視線の先、そこには景がいる。
「未来は、定まった」
私は投げ捨てた剣を拾い上げて、景に向かって投げた。
どう考えても私の握力ではその投擲は彼に届かない。だけど、それは世界が修正してくれる。いや、そうなることははなから決まっていたことなんだ。
まるで最初からそこを目がけていたかのように、剣は彼の左足に刺さる。彼は悲痛な叫びと同時に地面に倒れ、持っていた剣がカラリと手を離れる。
「くっ、うぅっ!」
彼は左手で必死に剣を抜こうとするが、もうすでに血を失いすぎたせいか手が震えて力がこもらない。その間にも彼の左足は血を流し続けている。私は、そんな彼にゆっくりと近づく。追いつくと彼の足に刺さった剣を躊躇いなく引き抜きそして同時に彼の足に自身の手を重ねた。
「ミル・ブライブン」
「何をする!」
「何って、止血だよ?」
理解できないような顔をしている。しなくていいよ。
固定の魔術で、彼の足回りの空気を足と固定させる。それで実質的に上から染みることのない布を被せたことになるから出血は止まる。だけど、空気には触れている状態だから痛みが消えることはない。
改めてみると、彼の体はもうすでに限界を超えていた。執念だけで息をしているかのようなそんな感じさえすえる。
「お前、こんなところで暇をつぶしていていいのか」
「……どういう意味?」
「朧月は、今ごろ逃げた町のやつらを包み込んで殺しているところだぞ」
「ああ、そういうこと」
それはもういいんだ。
「それより、ヲルスはどこ?」
「見てなかったのか。そのヲルスとかいうやつはもう死んっ……!」
言い終わる前に胸倉をつかまれる景。エレインの相貌は強く彼を睨みつけている。
「ねえ、どこにいるの。本当はいるんでしょ!」
平常心を保てない。この気持ちを誰かにぶつけないと心が壊れてしまいそう。
自分の見た現実が認められない。私のこの眼は何のためにあるのか、師匠が教えてくれたことを私は何も生かせない。誰も、救えない。
「ああ、もういいや」
掴んでいた彼の胸を突き放して、私は立ち上がると彼が落とした剣を拾う。妖刀の力が頭を駆け巡る。そんな狂気、もう意味はない。
「死んで」
逆手に持った剣を下ろした。
「待て、エレイン」
「信じろと、言ったのを忘れたのか?」
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