いって

「シレさん!」

「すみません。ここまで大事になるとは思っていなくて。人が沢山逃げてくるをのを見て何かあったのかと思ってきた次第です」

「どうして、生きている。この光を受ければお前は!」

「私にあなたの剣の力は効きません。こうして体調は万全ですから尚更です」

 魔術としての側面が強い魔剣であればその効力も少しはあったのかもしれないが、もはや妖刀と成り果てた今、呪いに近しいその力はシレの前ではほとんど発揮されることは無い。

「もうやめましょう」

 私は彼に歩み寄った。これ以上戦ってもそこに意味があるとは思えない。何より、彼はその罪を償うべきだ。

 今も切断された腕からは血が滴っており、既に息は絶え絶えになっている。

「なら、俺の復讐はどうなる!」

「関係ないだろ!」

 張り上げた声が響く。レイルが傷口を抑えながら叫んでいた。こんなにも激情を表に出した彼を私達は初めて見た。

「誰かが、我慢しなくちゃその復讐の連鎖がは終わらないんだ」

「なんで俺がその役割を背負わなくちゃならない。そんなのは他の誰かがやればいい。お前もそうしたんだろ」

「それは……」

 言い淀むレイル。私は、彼と景が会話をしている隙に魔剣を取り上げようと手を伸ばす。だが、すぐにこちらに気づいた彼は剣を振り上げた。

 間に合わない!

 とっさに手を引こうとするも彼の剣が早かった。

 眼を瞑った私だが、次に目を開けたときに映っていたのはヲルスの顔だった。

「油断するな」

 彼が私を引っ張ってくれたみたいだ。右手を見ても怪我はしていない。

「お前も愚かだな」

 代わりに聞こえてきたのは彼の背後からする言葉だった。

 剣が抜ける音がして、彼は何事もなかったかのように立ち上がる。

 背中には剣が刺さっていたところから血が流れて、地面に滴っている。

「ヲルス、その傷!」

「ああ気にするな。それより、やっと呼び捨てになったな」

 彼は自分の痛みよりも、私が名前を呼び捨てで呼んだことのほうが嬉しそうだった。

「そんなことより早く傷の手当てをしないと」

「気にするな。それよりも、俺は何の意味なくわざわざ相手の攻撃を受けたわけじゃない。見てろ、最後に立つのは俺だから」

 その言葉を、彼女は信じられなかった。

 だって風で靡いた黒髪に、隠れた瞳が彼を見つめたから。

 その瞬間に彼女は世界と”接続”する。

 やめて、やめてよ。いくら念じても見える光景は変わらない。途絶えた枝葉はいずれ同じ地点に収束して、未来を見据えるその瞳に映し出す。だからこそ彼女は動いた。

「我が言霊に答えよ。汝は枷を引き摺り、導かれるは沈みゆく大地なり」

 ヲルスはすでに陣を完成させていた。詠唱は終わり、相手の影を防いでいた礼装を投げ捨てた。景はその場から逃げ出す力はとうになく、ただ茫然とヲルスを見つめている。

「今更諦めたといっても遅いぞ。お前は人を殺しすぎた。放っておけるほど魔術師は優しくない、まぁ俺はまだ見習いだが」

「御託はいい。やるならさっさとやれ」

 確かに彼の魔剣にはもう魔力はなく、ただの剣に成り下がっている。だけど、それが逆に妙だった。そして同時に、あのおじいさんの言葉が急に頭によぎる。

「待ってヲルス!」

「飲み込め、黒洞」

 それは相性という問題を抱えていた。彼の使う高等魔術はその礎が影だった。つまり仮にも魔力を失ったとはいえ影を操る魔剣が触れればどうなるか。

 影は、景を飲み込もうと最初は蠢いていた。しかし魔剣に触れたとたんそれは意思を持ったかのように動きを止める。もちろん魔剣を握っていた景はそのことに気づきさっきまでの絶望的な顔は演技だったのではないかと疑うほどに高揚した顔で口角を上げていた。

「ははっ!天はまだ俺を味方するようだな!」

 彼は立ち上がると、影を肩に巻き付かせて出血を止めさらに影で腕を形造った。そして、再び避難した人々のほうへと向かい始める。

「最後に皆を殺す道具をくれたお前には感謝する」

「おい、待て!」

 追いかけようとすると、突然影が地面から突き出て壁を築く。その表面は前にも見た蛇が這っていて近づくと噛みつこうとしてくる。

「私がこの壁を破ります。少し離れていて下さい。ミル・ビリンク」

 杖の先から閃光が放たれて、影の壁にぶつかる。光によって消えた影に穴は一瞬開くがすぐに周りと一体になって穴は消える。

「これは……私の中位魔術では太刀打ちできませんね。ヲルスさん、あなた本当に優秀なんですね」

「いや、敵に利用されてる時点で優秀ではないです。こんなにも迷惑をかけて」

「それは結果論です。これに限った話ではありませんがあなたはきっと自分が思っている以上に周りが認めていると思いますよ。一度の失敗を引きずったままでは成長できるものもできなくなります。ですが、今はこんな先輩らしく話をしている場合ではありません。レイルさんはどこにいますか」

「あ、ここです」

 まだ意識があったようで、瓦礫の上で倒れたまま手を挙げている。

「良かったです。意識がもうないかと思っていましたが、まだ動けますね?」

「え?それはちょっと無理かもしれませ」

「頑張れるんですね。それは良かった」

「聞いてますか!?」

「安心してください。私はそこまで鬼ではありません。一時的に痛みを和らげる魔術を施しますから、一度でいいので二人をこの壁の向こう側まで運んで下さい。これはあなたにしかできないことです」

「僕にしかできないこと!ごほっ、ごほっ。やりますやります!」

 シレさんもレイルの使い方を知ってしまった。ほんとに乗せられやすい。

 でも実際これは彼にしかできない。結局なんだかんだで彼には助けられっぱなしだ。

「ふっかーつ!」

「頼んだ」

「ありがとう」

「お安い御用ってやつだよ!」

 彼はすぐに箒を持って二人を乗せる。向こう岸までついて私たちをおろすと、壁の向こう側にゆっくりと降りていった。お礼を言って私たちは景を追いかける。

「随分無理をお願いしましたね」

「いや、僕がやりたいことができたのでいいですよ」

「かっこわるいところを見せないようにするなんて、よっぽど負けたくないんですね」

「はい。ヲルスは最初は悪い奴だったけど、それ以上に彼には助けられました。だからすこしは僕もできるところを見せたいんです」

「いいですねライバルみたいで。でも、無理しすぎはだめです。私の膝で少しは休憩していいですよ」

「ありがとうございます」

 力尽きたレイルの頭をなでるシレ。彼女は壁の向こうを見上げて、二人の無事を祈る。

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