雷光
火災が広がった町で、二人から逃げるというのは思った以上に難しい。
「おい!これじゃあ追いつかれるだけだぞ!というよりなんでさっきまで険悪だったのに今だけ手を合わせてるんだあいつらは!」
本当は二人は仲がいいのかもしれない。今はそんなことを考えてる場合じゃないけど。
「でもあの鋼っていう人の魔剣。直接触れなくても間接的接触でも能力が発動するんだと思う。もし魔術の干渉で発動しちゃったらそれこそここから逃げられなくなっちゃうよ」
「それはそうだが!」
何か何か、そうだ。
「あっ!」
「なんだ!」
「一瞬相手の動きを止めれる?」
「あぁ、それなら任せろ」
逃げる足を止めてヲルスは二人に向き合う。
「あんまり杖は得意じゃないんだがな。ミル・ビンデン。アフタイロン」
こちらに走ってくる二人の動きが止まる。
「今だ!」
「分かて、シュリースル」
左手で剣を振ったあと、そのまま逆手でさらに振り上げる。Vの形に分かつ斬撃は二人をその中に閉じ込め、こちらには来れなくなる。
「よし、これで逃げられ」
ドォォォン!!
雷が落ちたような衝撃が、音がする。
こちらには何も起きていないが、その壁の向こう側は砂埃で中の様子が見えなくなる。
「おい次はなんだ」
徐々に砂埃が落ち着いて、中が見えるようになる。
私たちを追いかけていた二人は、どうやら何もなかったみたいだが誰かを見つめている。
「危なかったね、大丈夫?」
「はぁ。お前な」
そういえばレイルには魔剣を渡していたんだった。状況を見て助けに来てくれたらしい。だけどタイミングが悪かった。
「さっさと飛べ、やられるぞ!」
「え、ほんとだ。うわっ」
何とか地面に落ちた箒を掴み、魔剣の加速を組み合わせて空に逃げることができた。
片手で箒を掴んで浮いている彼は、額の汗を拭う。
「良し、そのまま逃げろ」
グサッ。刀が体に刺さる音がした。すでに私の魔剣の能力は切れていて、鮮血が飛ぶ音が響く。
「お前、そんなやつだったか?」
「心を捨てさせたのは、誰でもないこの町の人々だ」
「そうかい。それは、すまなかったな」
刀を抜いて、血を振り払う。そのまま鋼は血を腹から流しながら倒れた。
どくりと、鼓動がする。やっぱりあの魔剣は妖刀だ。
「あの刀をあの人が持っている限り復讐は終わらないです。どうにかして取り上げないと」
「その方法がないから困ってるんだろ。どっちにせよ俺たちだけじゃせいぜい足止めがいいとこだぞ」
もう、殺すしかないのか。
その考えが頭に浮かぶもレイルのことが気にかかっていた。今この結果を彼は受け止められているのか。また、人を一人死なせてしまったという事実に彼は耐えられているのか。
「私は、レイルのことが心配。さっきだって人が死んだのを見て」
「じゃあ、あいつにはここで抜けてもらう。それなら問題ないだろ」
「それは……」
そうなんだけど、そうじゃない。そんなのは根本的な解決じゃない。
「待って」
後ろからレイルの声がした。
「僕のことは気にしなくていいよ」
「でも」
「魔術の世界で、『死』がそこまで遠い存在じゃないのは分かってるよ。ただ僕が今まで知らな過ぎただけっていうことも。覚悟はできてる、あいつを殺してでも止めなくちゃいけないようなことになってるってことは」
私はヲルスのほうを見る。彼は無言で頷く。
「いいんだな?」
「うん。それに、ヲルスにいいところを見せるって言ったからね」
「そうだったな。それで、あいつはいつの間に姿を消した?」
炎は今もゆらゆらと町を包んでいる。鋼が倒れた場所に彼の姿はなく、代わりに血がどこかに続いて伸びている。
「これは、」
「俺の最後の抵抗だな」
「鋼さん!」
ヲルスが彼を抱き上げるが、もうすでに虫の息になっている。どのみち助からないのは明白だった。
「致命傷ではないが、腹の傷だ。すぐに追ったら間に合うかもしれない。頼んだぞ」
彼はそれ以上口にすることなく、目を閉じた。
彼の最後の言葉を預かって、私たちはすぐに立ち上がった。
「あっちだな。レイル、追えるか」
「分かってる。乗って、全力で飛ばすから」
上空に向かうと、どうして彼がその方角に向かっているのかはすぐに分かった。
「あいつ、まだ殺すつもりなのか」
「これ以上の犠牲は絶対に出しません」
急降下して、私とヲルスは地面に飛び降りる。レイルはそのまま勢いをつけて魔剣を握った。
「駆けろ、韋駄天」
音速に近い速さで彼の斬撃は刀を持つ手に向かう。地面に刀身の先がぶつかって、激しい砂埃を同時に起こす。だが、そのスピードは緩まることを知らない。
「手繰れ、影斬」
影はその数を無数に増やしてレイルの襲いかかる。その斬撃をレイルは受けながらも。そのまま彼の右腕を跳ね飛ばした。
空中に腕と刀は舞い、それと同時に彼の斬れた腕からは血があふれる。レイルはその勢いのまま瓦礫にぶつかって意識を失ったのか目を閉じている。
私とヲルスはその機を見計らって彼の手から離れた魔剣を奪いに走る。だが、それは景も同じことで苦痛に顔を歪めながらも左手で右肩を抑えて走り出した。
これは間に合わないと思って、私は魔剣を刀に向かって投げる。景は先に魔剣のもとにたどり着いてかがもうとしたが、私が投げた刀に気が付いて足で鞘を踏んで刀を空中に浮かせてそれを左手で取った。当然とんできた刀は彼の右足に刺さるが、もう彼にとってそれは微々たる痛みでしかないらしい。
そのまま刀を上に掲げた。
「照らせ、月結」
刀身が、月光を照らして白く輝く。同時に声をあげたのはレイルだった。
「う、あぁっ、ぁぁ」
傷が体中から浮かび上がっていき、血が流れ出す。
「何をしたの!」
「影斬で傷を刻み、月結で任意にその傷を表層に表す。それがこの魔剣の力だ」
頭に血が昇っていくのが自分でも感じられる。その怒りを吐き出してしまいそうになったとき、私の肩に手が置かれて彼をつい睨んでしまう。
「あっ……ごめん」
「いや、いい。お前が素手であいつに向かっていくよりはな」
ヲルスは続ける。
「それに、俺も覚悟を決めた。自分の大切な仲間が傷つかないとこう思えないなんて馬鹿かもしれないな」
「いや、そんなことはありません」
この声は。
「そろそろチェックメイトの時間ですよ」
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