かぶく

「おい、二人ともどこだ!早く来てくれ!」

 そんな自問はヲルスの切羽詰まった声でかき消される。

「何があったの」

「それが、町のほうで大きな音がした。どこかに火の手が上がって火事になっているらしい」

 私たちはシレさんのところに向かって状況を確認すると、この混乱に乗じて人斬りが動き出すことを見越して見張りをすることになった。

 夜ということもあって消化があまりうまくいっていないのか、火の手は徐々に広がりを見せ始めていた。

「私たちも行った方がいいんじゃ」

「行って何ができる」

「この魔剣を使えば少しは火の手を防げるよ」

「そんなことをしたら自分から的になりに行ってるようなもんだ」

「でも少しでも助ける人がいるなら助けないと」

「はぁ、分かったよ!」

 彼は、私が置いて行った魔剣をレイルに投げる。

「ほら、連れてけレイル」

「……あぁ、分かった!」

 レイルはそれを聞くと顔を上げて、箒にまたがる。私とヲルスを乗せての飛行も、別に苦としない様子に、本当に成長していると実感する。

 私も何かできるようにならないと。

「見えてきた」

 すぐに町は見えようになる。赤々と暗い空が染まって、そこに響く悲鳴が苦痛に歪むをありありと想像させる。

「あそこ、誰かいる」

 火の手から逃れようと動く人影の中に、その流れに逆らっているものたちをレイルは見つける。そこにゆっくりと近寄っていき、箒が燃えないところで降りる。

「お前は空を旋回していてくれ。万が一俺たちがやられたらすぐにシレさんに知らせてくれ」

「了解!」

 彼はそのまま上昇して、空の暗闇に消える。

 私とヲルスは、彼らに気づかれないように火災で崩れていく建物を使って少しづつ距離を縮めていく。はっきりと二人の会話が聞こえるようになった場所まで行くと、私たちは息をひそめてその会話を聞く。

「久しぶりだな、景」

「まだ生きていたのか鋼」

「そりゃあ、俺だってここの鍛冶師だからな。普通に生きてるだろ」

「なら、おとなしく命を差し出せ」

「おいおい、久しぶりにあったにしては物騒すぎないか?」

 鋼と呼ばれた男は、頭を抱えて笑みをこぼす。

「お前たちがやったことを見れば正当な対価だ」

「おいおい、それは逆恨みもいいところだぞ。俺たち鍛冶師の掟を忘れたのは、お前の父のほうだ」

「だまれ!異邦人が刀を鍛えることを禁止するのが掟なら、俺の父は一生お前たち刀鍛冶の奴隷として働くしかないといいたいのか」

「それが掟ならそうだ。掟を破ってお前の父が刀を造ったからそうなったんだ。掟を守らないことを認めるなら、最初からルールなんて存在しない」

「なら、俺の父が死んだことは仕方のないことだと?」

「まあそうなるな。あれは残念なことだった」

 あぁ、もういい。

 もう十分だ。

「その命、斬る」

「交渉決裂かぁ。まあしょうがない」

 彼は懐の鞘に手をかける。もう、戦いは始まる。

 それは抜いただけで起きた。

「手繰れ、影斬」

 それは、踏み込みが甘かったわけでも、ましてやその狙いが外れたわけでもない。

 ただ、世界が傾いただけ。

 振られた斬撃は地面にぶつかる。

「……なにをした」

「いいや何も。まあ、俺に勝てないことを証明しただけだよ」

「チッ!」

 彼は引いて体制を整える。だが、その着地を彼は失敗する。

 地面に転がってすぐに立ち上がるが、かなり派手に膝を擦りむいた。

「繋げ、影縫」

 近接戦はまずいと悟ったのか、彼はその距離を保ったまま剣を地面に突き立てる。

 そこから出た影が蛇の如く地面を這いながら鋼めがけて進む。

「まあそうなるよ、ね!」

 鋼は、その攻撃を見越して走り出した。剣が地面に刺さっていることで無防備になった景のほうに狙いを定める。影は鋼を追いかけるが、それを彼は難なくかわす。

 景は小刀を抜いて鋼の刀を何とか受け止めたが、それも受け流しているに過ぎない。

 やはりだめか、と蹴りを入れて相手が離れた隙に地面に刺した剣を抜こうとする。だが鋼はそれを見て笑っていた。

「なっ!」

 彼は剣を抜こうと手を伸ばした。だが、足が不自然な感覚に襲われた。ただ地面に立っているだけだというのに、まるで坂の上にいるような感覚なのだ。

 その勾配はだんだんと急になり、ついには踏ん張ることができなくなって咄嗟に掴んだ剣に掴まって落ちずに済む。

 それを見ていたエレイン達はその奇妙な光景に目を疑わざるを得なかった。

「なんであの人、剣にぶら下がってるの?」

「わからん。あれも魔剣なのかもしれないな」

 これは関わったらより事態が複雑になる。そう二人は思ってその場を離れようとした時だった。

「そこで俺たちをのぞき見してるのは誰かな?」

 隠れていることを指摘されて、エレインは思わず靴音を鳴らしてしまう。

「分かってるなら最初から言ったらどうだ」

 ヲルスは逆に開き直ってどうどうと顔を出してしまう。こうなったらもう戦闘は避けられない。

「ああ、君たちがよそから来たっていう。噂は聞いてるよ」

 なんの噂だろうと思いつつ、彼は私たちに敵意を示していないことに驚いた。

「私たちを戦うつもりはないんですね」

「そりゃあないよ。俺はこいつを止めに来ただけだからね」

 そう言って剣の柄で景の背中を叩いた。声をあげながらも、手を離さない景。だが彼も黙ってそれを食らうわけではない。

 叩いた瞬間に、彼は剣から伸びた影を体を通して彼の手首をつかんだ。

「繋げ、影縫。今度は成功だな」

「まだそんな元気があったか」

 景はその影を分裂させてもう片方の手首にも回すと、その剣を手首に近づける。脈を斬ろうという戦法だ。

「こざかしいやつめ」

 鋼は景の腹を容赦なく蹴り上げると、影は力を失って両腕の自由が戻る。

 だが同時に魔剣の力もなくなったのか彼の足も地面に着く。

「分かて、シュリ―スル」

 その斬撃は同時に境界線に、景と鋼を分かつ。

 そこに生じた境界は、何ものも通さない。

「どっちを攻めるんだエレイン」

「どうしよう」

 悩んでいるうちに、相手はすでに答えを出していた。

 同時にこちらに向かって走り出すのを見て答えは決まる。

「逃げよう!」

「……はぁ」

 私とヲルスは、燃え盛る町を走り出した。

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