「あいつの親は、この町に殺されたといっても過言じゃないからな」

 彼は刀を鞘にしまってこちらに来ると、私にそれを渡してくれる。

 一度取り出してみたら、その握りやすさや刃の研ぎ具合、何より今までよりもかるっさが段違いだった。

「ありがとうございます!」

「それは別に大したことじゃない。あいつの話をしよう」

「そうですね」

「あいつ、景の家族は10年ごろ前に突然この町に姿を現した」

 その家族は、何も持っていなかった。放浪の末にここにたどり着いたように彼らの服は擦り切れて汚れ、食べ物を求めてこの町に入ってきた。

 当時町長だった人は、それはそれはひどい状態の子供を抱える父の姿を見て家と食料を彼らに渡した。今まで外部の人間をこの町に住まわせることをかたくなに許さなかった町長がだ。

 数日もして二人の体調は良くなり、父親のほうは何か手伝うことはないかと刀鍛冶の工房にいくつか足を踏み入れた。大抵はその秘儀を赤の他人に見せることを嫌って門前払いしたが、ある工房が彼を受け入れた。

 それを聞いた景の父親は一生懸命にその工房でいろいろな雑務をこなしていった。そうしたことで彼は少しづつではあるが町になじんでいくことができ、他の刀鍛冶のもとでもお手伝いとして訪れることが増えるようになった。

 ここまでは異邦の民が町人に受け入れられていくといういい話で、それで順風満帆な生活を続けいていくはずだったんだ。

 その生活に変化が訪れたのは数年前。もうみんなが二人をまるで最初からここにいたかのように接するようになった時のことだった。

「これ、どう思いますか」

 景の父は最初に自分を受け入れてくれた刀鍛冶に、自分が鍛えた刀を見せた。

「おお、なかなかいい出来じゃないか。まるで俺が鍛えたみたいな。これ、どこで見つけてきたんだ?」

 景の父は深呼吸をして彼に言った。

「正直に言いますね。これは、俺が造った刀なんです。お願いします!どうかこの俺を弟子にして下さい!」

 景の父はこの時、一つの刀を鍛えてみせた。それもたった十数年彼はただひたすらに手伝いとして工房に出入りしていただけ。決して鍛冶の道具に手を付けたこともましてや実際に使うことすらなかった。

 ただの初めての刀を見せて褒められたんだ。それは喜ぶに決まっている。

 だが、それは刀鍛冶からしたら真逆に映った。

 それは何十年もかけて自身が師匠から受け継いだ業であり、同時に誇りでもあった。

 それは決して十数年でできていいはずもなく、ましてや初めて鍛えたものとなったら話はそれどころではない。

「お前、これを見よう見まねでやったというのか」

「はいっ、もう何百回とその工程を見てきましたから!」

 刀鍛冶はもう視線を合わせることができなくなっていた。それは怒りと、悔しさと、恥と、ぶつける場所を失った絶望が入り混じったこの感情を彼にぶつけることは間違っていると理性では分かっていたからだ。だが、そんな理性などすぐにちぎれて地面に捨てられる。

 鉄が地面とぶつかる音がする。視線を下げると刀鍛冶の手にあった刀はするりと離れて地面に落ちていた。

「お前は、俺を愚弄しているのか」

「え、そんなまさか」

「じゃあなんだこれは!」

 立ち上がると、彼は鞘ごと刀を投げる。

「あんなものを見せつけてなんなんだ!俺への嫌がらせのつもりか!俺が何年も何年もかけて手にした努力はなんだったんだ!」

「す、すみませんでした……」

 土下座をして、精一杯の謝意を込めるもそれに意味はない。刀鍛冶にとってもうすでに踏み荒らされた自分の尊厳が元に戻ることはない。煮え切った感情の末に残るのは怒りだけ。

「二度と、この工房の土を踏むな」

 それ以降、二度と目を合わせられることはなかった。

 事態が悪化したのは翌日の出来事だ。彼は、朝から起きるなり深い嘆息をついて行き場をなくした足をほかの工房へと向けた。

「お願いします」

「お前に頼むことはないと言ったはずだ」

 どこに行っても彼は何もさせてもらえない。あまつさえ町の人たちですら彼を無視した。先日の出来事は墨汁を吸う紙のように、今までの積み重ねてきた評判を上から黒く塗りつぶしていく。

 そんな日々が数日間続いた。もちろん息子である景がそれに気づかないわけがない。何度も父の様子を心配するが、大丈夫の一点張り。それは当然のことで、男で一つで彼を育てた父に相談相手などいない。彼は自分のことは自分ですべて解決してきたのだから。

 だけど、それにも限界があった。いや、ここで初めて限界を知った。

「いってらっしゃい」

 ある日、彼は景が仕事をしにに行ったのを見計らって、準備をした。もう擦り切れた心はまともに動いていなかった。

「ただいま」

 返事はない。最近は家にずっといたから変だなあと思いながらも、ふすまを開けた。

 そして、彼は見てはいけないものを見てしまった。

 心臓の鼓動が早くなって、感情が抑えられない。同時に襲ってきた嘔吐感は、ためらわれることなくそこに吐き出される。だけどいくら吐いても、胃の中がなくなっても、ずっと何かが詰まっている。

「どうして」

 首が吊られた彼の足元には、遺書が置かれていた。胸に刺さった刀から血が滴って、その遺書は赤黒く染まっている。

 それを景は恐る恐る開く。そこにはたった一言、

「申し訳ございませんでした」

 と書いてあった。

 この言葉に飾る言葉はいらなかった。それが誰に向けられたものなのかは明白だから。

「あぁ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


「景はその日、ここに仕事をしに来ていた」

 こんな一目のつかない場所をわざわざ見つけないといけないほど、彼らの生活は困窮していたということだ。

 それを聞いて、みんな黙り込んでしまう。彼に同情する人もいれば、逆に納得ができない人、冷静に分析をしている人。三者三様の態度だった。

「気になることがある。お前は、あの魔剣は自分が造ったと言ったな。今の話を聞いていると矛盾しているような気がするんだが」

 まっ先に口を開いたのはヲルスだった。

「それは、別に間違っていない。あの日の夜、景はこの工房に来た。最後にこの刀を鍛えなおしてほしいと言ってな」

 なるほど、そういくことか。それなら筋が通る。

「私たちは一刻もその景さんを見つけないといけませんね」

 血濡られた刀。しかも持ち主はこの町に対してこの上ない恨みを持っている。もうそれだけで一種の呪い。だからあの刀は本来の魔剣としての能力に加えて、別の能力がある。つまり魔剣であり、妖刀でもあるということ。

「レイル、これ持ってて」

 レイルを探すけれど、彼の姿はどこにもない。

「あれ?ヲルスくん、レイルがどこにいるか知ってる?」

「いや、お手洗いにでも行ってるんじゃないか」

 しばらくいろいろなところ彼を探していると、建物の影に誰かがいるのが見えた。

「もしかして、レイル?」

 ゆっくりと近づくと、彼は何かを隠すように口元を拭った。

「ん、どうしたのエレイン」

「いや、私の魔剣が返ってきたからこれを持っててもらおうかなと思ったんだけど、大丈夫?すごく顔色が悪いよ」

 それを指摘されると、彼はわざとおどけてみせた。

「そうかな?僕は全然大丈夫だよ。今はちょっと夜風に当たってただけだから」

 そう言って彼はあから様に何かを隠している。なんだかいつもと違う様子なのは確かで、でもそれを言い出してくれないから何も言えない。

「ねえ、その後ろに何かあるの?」

「いや何もないよ」

 手を広げたレイル。疑問は確信に変わって、私は半ば強引に彼の後ろにあるものを見ようとした。

「これって……」

 私は言葉を失った。彼からの謝罪の言葉は、謝罪であるのに私の心を刺した。

「たぶん、僕が悪いんだよ。人の死なんて慣れなくてさ。どうしても我慢できないんだ」

 彼が隠れていた理由は、自分の吐しゃ物を隠すためだった。そしてそれを誰にも悟らせないようにこんなところまできて彼はわざわざ吐いた。レイルにはレイルなりのプライドのようなものなのか、はたまた私たちを心配させないためなのか。どちらにしても私たちが平然としていることを強要していたのかもしれない。むしろこういう反応が本来するべきもので、私たちのほうが間違っているんだと思う。

「そんなのは、我慢しなくていいよ。私は、ただそれに触れすぎただけだから」

 そう、触れすぎただけ。あれは村で……あれ?

 そういえば、私はどうして悪魔を殺したんだっけ。

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