影縫い
角を曲がって、彼に追いつくとまさに誰かに斬りかかろうとしている瞬間だった。
「お前、何者だ」
相手は、いわゆる武士なのだろうか。刀を抜いてあの人斬りに構えた。対する彼は、鞘に手を添えて、姿勢を低くする。一撃で決め着るつもりだ。だけど、ここには魔剣がある。私は二人のほうを見ると、その意図を理解してくれたのか頷いて返す。だから、私はじりじりと緊迫感が満ちていくあの二人の後ろで刀を抜いた。
「駆けろ、韋駄天」
風が吹いて、さらさらと流れる木々の音が静まった時だった。二人が動き出すその一瞬、私は魔剣に魔力を流す。自然と刀に電気が帯電して、体を纏う。踏み出した一歩で私は一閃を放つ。
激しい粉塵と、遅れて響く轟音。私が狙いを定めた人斬りは、その衝撃に耐えきることができずに家屋に吹き飛ばされその壁に穴をあける。がれきの中から出てきたのは、負傷して苛立たし気な表情の人斬りの姿だった。
「それを借りてきたのか。腹立たしい」
「その魔剣をあの方に返してください」
「あいつに入れ知恵でもされたか」
「関係ないです。ただ、私がそうした方ががいいと思っただけですから」
ヲルスがその一瞬の光景を見て抱いた感想は、「俺たちでは勝てないかもしれない」だった。
今のエレインの一撃は一見彼を圧倒しているように見える。だけど、彼女は少なくとも相手に悟られない間合いから斬りかかっていた。つまり死角からの一撃をあの程度のけがで済ませたということだ。
あるとするなら、彼女が刀に纏わせた電気の光が自身の持っている刀身に反射したことでその攻撃に気づいて対処したと考えることができる。だが、あの一瞬でどうやってという疑問は結局解決しない。
「まずいな」
彼女はもう一度彼と剣を交えようとしている。だが、それはさっきのように半ば奇襲に近い形の一撃ではない。正面からの攻撃に100%の警戒をすることができる。
「いったん引くぞエレイン」
「今が絶好の機会じゃん。このまま倒さないの?」
「いいかレイル。お前はもっと相手のことを観察しろ力量を図れなかったらいつかそれは死をもたらすぞ」
「わ、わかったよ……」
少し口調が強くなりすぎたが俺が言ったことは真実だ。友達を同じ末路に向かわせるわけにはいかない。
「無理!」
人斬りが動いた直後、エレインが叫んだ。彼の刀と彼女の刀は触れ合っていて、身長が相手のほうが高い分、上からその剣は重みが加わる。低い体勢で彼女は今にも押しつぶされてしまいそうだ。
「くそっ、遅かったか。レイル、これを五か所に置いてくれ」
「分かった!」
レイルはそれを受け取ると急いで空を飛び、杭を投げる。
「できたよ!」
「分かった。ミル・ビンデン」
五芒星はすぐに簡易的な魔法陣と化し、その拘束魔術を発動させる。
「それって!」
「ああ、少しだけ教わった。だが俺にできるのはこの程度だ。簡易魔術ならなおさら。それより、早くエレインを」
「分かってる」
凄い勢いで低空飛行になって加速する。簡易魔術が切れるその瞬間にちょうど彼はエレインの手を取った。
「ありがとう」
「なに、お安い御用ってやつだよ」
くさいセリフを吐きながら彼の間合いをすぐに離れる。視線がそちらに向いているすきに俺は再び先ほどの杭を使って魔術を行使する。こうまでして連続で使えばもう杭は使い物にならないが、状況が状況だ。
「ミル・ビンデン」
二度目の同一魔術。これを彼はきっと予想していなかった。簡易魔術なのだから一回きりだと思っていたはずだ。だからこの攻撃は刺さる。
「一発、叩き込んでやる」
ヲルスは礼装を右手に装備して硬化の強化魔術を施す。そして拘束魔術が解けないうちに握拳を叩き込んだ。
だがその拳は彼に届かない。
「なんだ、それは」
うごめく影。それは彼の腕から刀を取って、ヲルスの拳を受け止めている。そしてすぐに拘束魔術は解けて影が握った刀によってヲルスは打ち返された。
「うっ」
地面に体を強く打ち体が怯む。
立ち上がってもう一度殴る、いや引くべきか。そう悩んでいた時だった。
「うわあぁー!」
最初に人斬りと対峙していた武士が斬りかかろうとしていた。振り上げた刀はまっすぐ人斬りに向かう。
「ごほっ」
血を吐く音が漏れた。カランッ、と刀が地面に落ちる音がした。
「その命、貰い申した」
血と肉が混ざった音が、武士の首から這い出る。
影なる剣。縫うような細い刀は刀というにはしなり、その形は再びもとの形に戻る。武士は、その体を支えるものを失って力なく地面に倒れる。
「待って!」
エレインが声を漏らした。だが、その声は男に届かない。ヲルスはその男のあとを追おうとしたが、地面に一文字が急に刻まれた。それより進めば斬るという警告。
「なんなんだよ、くそっ」
「大丈夫ですか!」
いてもたってもいられなくなったエレインは、レイルの箒から降りて急いで彼のもとに駆け寄るが、地面にじわじわと広がる血の海を見てすべてを理解する。彼の瞳孔はすでに開いていた。
「結局、あいつは何がしたいんだ」
私たちは彼を家のほうまで運んでもたれるように寝かせる。
「すみません、助けられなくて」
彼女はただ懸命に謝っていて、二人は心が痛んだ。そしてよりいっそうあの人斬りを止めないとという気持ちが強くなった。
敗走の足取りは重く、何よりまた一人犠牲を出してしまったことが私たちの責任として重くのしかかる。
「おかえりなさい。……あまり良い報告はないみたいですね」
「はい……」
事の顛末を彼女に伝えると、案の定悲しい顔をした。
「今夜も、犠牲が出てしまったのですね。それは残念です。あなたたちが無事なのは幸い、なのでしょうね」
「ああ。早くあいつを見つけださないと、まずいことになる気がする」
「でも、あの人斬りはいったいどうしてそんなに無差別に人を斬っているんだろう」
行動には必ず意味がある。それが分かれば何か解決の糸口が見つかるかもしれない。
「あれは復讐だ」
背後で、私の刀を補修しながら語る声がする。
「あいつは、この町が許せないだけだ」
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