閉幕

「いったぁ」

 おしりをさすりながら立ち上がる少女三人組。身長が段々になっている人たちだ。

「ちょっと、いきなりなにすんのよ」

「ごめんなさい」

「ていうかヲルスじゃん。うわ、はずれ引いちゃったなぁ」

「なんだと?」

「落ち着いてヲルスくん。いきなりどうしてそんなに彼を煽るんですか」

「私たち、今たぶん二点目なんだよね。赤点は取りたくないんだよ。だからさ、私たちのために負けてくれない?」

 ヲルスは鼻でその言葉を笑う。気持ちは私たちも一緒だった気がする。

「それはすみませんができません。私たちも負けられないので」

「へえ、まあいいよ。ヤろうか」

 両者互いに距離を取る。始まりの合図をあげたのはヲルスだった。

「こんなものは先手必勝と決まってんだよ」

 彼は魔術を行使することなく敵の一人の目の前まで行く。そして、相手が魔術を唱えるのよりも早くその握られたこぶしをみぞおちに食らわせる。

「造れ、岩壁」

 だが相手もすぐさまヲルスに対応する。通路をふさぐように建てられた岩の壁は、私たちとヲルスとを分断する。そこで実質的に三対一の状況を作り出す。

「セル・スプーダ」

 ボロボロと崩れる壁面。だけど完全に崩れたわけではなくて、一部がまだ私たちを拒む。

「何か、この壁を壊せる方法ある?」

「そうだよね。急がないと一人でヲルスくんは戦っているわけだし。そうだ、装札を身に着けて壁を殴るのはどう?」

「……けっこう力ずくだね。でもいいかも。さっそくやってみよう」

「OK。エンチャント・パワー。で、おりゃ!」

 思いっきり壁を殴る。あまり力があるように見えない拳だったが、難なく壁は崩れる。

「え、かなり厚めに壁を敷いたのに」

「まさか壊せるとは思わなかった」

 ヲルスもこれには驚いていた。だがそんな関心にふけっている時間はない。

「まあいい、まだ勝機はこちらにあるからな」

 そう言って相手の一人が投げたのは手榴弾型の武器。この学園で銃火器類の使用は原則禁止になっている。今がその例外の一つ。戦術に関する授業、講義、訓練はその例にならない。

 それは空中で拡散したが、中身は水のような液体だった。

「何これ、冷た!」

「よし、これで準備完了。頼んだぞ」

「はいよ、凍えて散れ。零度の間」

 私たちの背後に声をかけて初めてそこに人がいることに気づく。認識疎外のローブを羽織っていたため、今まで気づくことがなかった。すでに魔術の準備は完了していて、私たちの足元にはその魔法陣が描かれていた。

 瞬間、その空間内の温度が急激に低下していく。三人はこのままだと体が凍ってしまうのは目に見えていた。私は鞘を抜くかどうか、この期に及んで悩んでいた。だけど、その決断は保留のままにこの状況から脱出する。

「二人とも、つかまって」

 レイルが自身の服を掴むように言う。どうして、なんて聞く暇はなかった。そんなことを考えている間にも、着々と服は凍り付きだしている。私とヲルスは彼の腕を掴む。

「ミル・スプリゲン」

 箒にまたがった彼は、迷うことなく長い廊下に向かって発射する。勢いよく飛び出した三人は、魔法陣のもたらす展開領域をすぐに離脱する。

 そのままの勢いがついたレイルは地面に激突する。私たちも一緒になって地面に引きずられた。

「やった、成功」

 だが喜んでいる時間はない。あちらから三人がこちらに向かってくる声が聞こえてくる。私はすぐに杖を持ち直して、唱える。

「セル・スプーダ」

 天井はガラガラと崩れて、その通路を塞いで通行止めにした。

「これで、なんとかなったね」

 今も手はかじかんで体はその寒さからぶるぶると震えている。水にぬれたということもあって体温は逃げていくばかり。しだいに感覚がマヒしていく。

「ごめん、さっきの水がかかりすぎちゃったみたいで」

 二人が前に出たタイミングで放たれた炸裂弾は私と二人との間で破裂し、たまたま正面を向いていた私は顔から頭からもろに食らってしまっていた。

「何か、温めるもの温めるもの」

 レイルは大慌てで温かくなるものを探してくれているが、こんな洞窟に都合よくそんなものあるわけがない。私の体温はその間も下がっていく。

「ごめん、少しだけあっち向いててもらえるかな」

「あ、うん!」「分かった」

 二人は素直に背を向ける。よかった、心優しい人たちで。

「これ、あんまり濡れてないから着ろよ」

 そう言ってヲルスは上着を渡してくれた。

「……ありがとう」

 濡れた服を脱いで、彼の脱いだ上着を羽織る。ほんのりとあたたかなその服は、じんわりと体を温めてくれる気がする。

「よし、もうこれで大丈夫!」

 私は明るく二人にアピールする。ここで変に気を遣ってもらったら、負けた時に言い訳を作るみたいで嫌だった。

「レイル、これってどっちに逃げたんだ?」

「いや、それが急だったからごめんけど覚えてない」

「まあ、そもそもどこの階にいるかわかってないからそこまで考えなくてもいいんじゃないかな」

 とりあえず、さっきの崩落でここが三階層ではないということだけは分かった。

「一回下にさっきの魔術を使ってみたら、どの地図を見るべきかはっきりするんだし。それから考えようよ」

 さっきの人たちが崩れた岩を除けてこっちに来る可能性もないこともない。だから、やるなら早い方がいい。

「おい、逃げるなよ」

「しつこいやつらだな」

 背後から声がしたかと思うと、先ほどのひとたちがあの岩を乗り越えてここまで来ていた。別段息が上がっているといった様子もなく、今回はしっかり三人の姿を確認する。対してこちらは先ほどの攻撃で体力がだいぶなくなっているのに加えて、逃げるときに書き留めておいた魔法陣を落とした。残っているのは地図とおそらく何度も使えないであろう石灰石のかけら。

「これ、私が使ってもいいかな」

「別にかまわん。俺がこの狭い場所で使える魔術と言ったら限られてくる。お前が使った方が有意義だろ」

「僕は見ての通り、これ一筋みたいなところあるし。それに、エレインさんは何か閃いたんでしょ?」

 わたしはこくりとうなずく。それで彼らは前を向いて相手と対峙する。相手はもちろん私を警戒してこちらに攻撃してこようとするけれどそれは、さっきの装札でヲルスが妨害する。

 私が考えた方法は、この状況を打破できるかと言われたらはっきりと肯定することはできない。だけど負けから離れることはできるはず。

 私が考えたのは、さっき相手が使ってきた熱量操作系の魔術。あそこまで大々的にやらなくても一工程であの状態までもっていけば同じこと。

 だから私は道端に落ちている石を五つ拾いそこに陣を刻む。あとはこれを正しい場所に置けばいいだけ。

「いけるよ!」

「分かった。じゃあ、頼んだ」

「えいっ!」

 私は振りかぶって石を投げる。その投擲の体制に相手は一瞬目をつむったが、その一瞬がこっちにとってはとてもうれしいことだった。飛んで行った石は、歪ながらもなんとか五芒星を築く。

「凍えろ凍えろ、寒冷の夜の如く。零度の間」

「パクるな!」

 さっき使われた相手にそう言われるが、これはあくまで私流。少し詠唱を変えて威力を上げた。じゃないと、空気中の水分を凍らせるレベルにまでならないから。

 だけど、それは同時にデメリットも抱えていた。水が含んだ状態を凍らせるのと、この魔術とでは踏んでる工程の差がある。その分魔力も消費するから、相手はわざわざ装備にその水含んだものを装着していたんだ。

「くっ!」

 だんだんと氷が体を蝕んで動けなくなる。しばらくして、再びあの転移の門が開いて生徒たちを退場させた。

「この魔術、何度見てもどうやってるか見当つかないね」

「少なくとも、俺たちではどんなに頑張っても無理だろうな」

「ははっ、僕にはもっと無理な話だね」

 第二戦、一応の勝利を挙げた一同だがこれ以上戦って勝てる気はもう誰もしていなかった。

「魔術といえば、エレインのさっきの魔術。あれ、どうやったの?」

「確かに気になるな。たしか自己紹介では基礎魔術しかやってこなかったと言っていた気がするが」

「あはは……」

 笑いながら頭をさする私だけど、どうごまかすかまでは考えていなかった。というより、もしかしたら認識が違っているのかもしれない。それをまず最初に確認するべきだ。

「ねえ、二人が思ってる基礎魔術ってこのことを言ってる?」

 ーーーーーーー

「お前そんなものどこで教わったんだ?」

「僕にも教えてほしいくらいだよ」

「まあまあ」

 どうやら、師匠は簡単な五大元素の魔術についても基礎魔術の域に入れていたみたいで普通は浮遊、劣化、強化、置換を基礎魔術として掲げているみたいだ。

 だけど、この魔術学園で基礎魔術は通過儀礼のようなもので覚えていて当然のことだったらしいのでやっぱり師匠には感謝するしかない。

 だけど、師匠が教えてくれた”基礎魔術”は範囲が広くて今学園で習っている五大元素についての魔術はほとんどがすでに知っているものだった。きっとそこがギャップなんだと思う。

「そんなに落ち込まないでレイル。君にだって師匠がいたらきっと、あっ」

 咄嗟に口を塞いだが、師匠という単語をすでに口に出してしまっているので手遅れではある。レイルは気が付いていないけれど、肝心のもう一人のほうはこちらをジッと見つめる。

「説明してもらえるんだろうな」

「う、うんうん!説明するよ!でも今はやめよう。ちゃんと説明するからその目やめてくださいお願いします」

「……そんなに怖かったか?」

「怖かったよ~」

「お前に聞いてない!」

 と、またがみがみと言い争いが始まる。私はそんな二人を見て笑ってしまうのだった。

「ふふっ」

 私が笑う姿を見て二人は和やかになる。出会いの最悪だった私たちは、案外いいコンビを組めるかもしれないと思った。


 なんともいえない敗退を喫した私たち御一行は、三度目になるあの謎の転移の魔術に飲み込まれる。

「酷い負け方だ」

「相手が悪かったね」

「ごめん、何にも役に立たないで」

 相手のよくわからない換装の魔術によって武器を一方的に使われて負ける、もはや剣を持った人が銃を持った相手に挑む。そんな酷い負け戦だった。その後、あっけなく勝者は私たちが相手をしたその人たちだと知る。

 しかして理事長バエルが開いたダンジョン戦なるものは幕を閉じた。

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