宛名のない置手紙

開かない、開けない

 あれから数日、良くも悪くもなかった私たちはのんびりとした学園生活を謳歌していた。

 あんなに花を咲かせていた桜の木も、もう埋め尽くすのは青く茂った若葉のみ。本格的な夏の訪れは、この山頂にある学園でも変わらないらしい。

「おはよう」

 二人は今日も一緒に寮から出てきた。今日は学校は補修休暇で授業はないのだけれど、寮にいてもやることがなくて手持無沙汰なのでどうせならこの学園の中を散策しようということになった。

「どこ行く?」

 言ってもこの学園、思った以上に敷地が広くてもう夏休みはそこまで迫っているという季節なのにもかかわらず、踏み入れたことのない場所が大半を占めていた。

「図書館はどう?」

「いいんじゃないか。ちょうど返したい本があったんだ」

「ヲルスって僕が最初に会った時とは大違いだよね」

「それをいちいち掘り返してくるな!」

「まあまあ」

 喧嘩するほど仲が良いっていうやつなのかな。やっぱり二人のやりとりを見ていると自然と心が和む。ヲルスが手にしていた本は、「飛行魔術・入門」。やっぱり、飛行魔術を使えるようになりたいという気持ちは本当だったんだ。

 この学園の図書館はどこの建物よりも明らかに古く、一言でいうなら怪しい洋館というのが一番正しいと思う。だけどもその建物の周りは蔦や草で覆われていて、ところどころから見える赤褐色のレンガがそう思わせるだけだ。

 古めかしい音を立つドアを開けると、外観とは異なった綺麗に掃除が行き届いた空間が現れた。だけど、それよりも息を飲んだのは本だった。

「えっ、どうなってるの?」

 レイルの疑問もそのはずで、明らかに建物の高さと中の空間の広さが一致しないのだ。円柱状に続く煙突のようなものが高く中央にあり、その壁にはびしっと本が敷き詰められている。いくつかの高架式の装置に乗る生徒の様子が見受けられて、決して飾りではないことがわかる。

「俺も最初は驚いた。だがじきに慣れる、安心しろ」

 彼について行って、司書さんに本を返す。

 ふと、彼女の左手に一通の手紙が置いてあるのに気が付いた。それは最近届いたにしてはずいぶんと黄ばんでいて、まるでずっとそこにあるかのようだった。

「すみません、その手紙。どうしたんですか?」

「ああ、これね。私もよく分からないの」

 彼女がその封筒を裏返すと、まだ封はしたままで開けられていないことがわかる。

「先日図書館の地下を掃除していたらたまたま見つけたんだけど、誰が書いたのか、はたまた誰に向けてのものなのか。まったくわからないのよね。こういう開けられてないものは一度生徒会に通す決まりなんだけど、別に危険性は無いって返されちゃって。だけど手紙ってことは誰かに向けて書いたものでしょ。今は掠れて見えなくなってしまっているけれど、宛名はちゃんと書かれていたはずなの。だから何か手掛かりがないかと思っていたところよ」

 とうに忘れ去られた過去の記憶。そこに閉じ込められたものが何であるか、気にならないわけではなかった。

「もしよかったらなんですけど、その手紙の持ち主を探すの手伝ってもいいですか?」

「いいの?ありがとう。私もこれからどうしようか悩んでいたところだから」

 意気揚々と話をする二人をよそに、男子二人はどうしたものかと頭を抱えていた。

「二人はどうする?」

 私が気にかけて声をかけると、諦めたように「手伝う」ろだけつぶやいた。まるで私がそうさせたみたいで癪にさわるけど、好奇心の前では些細なことだった。

 図書館内を見てみる、なんていう予定は入って数分もしないうちに手紙の持ち主探しに変わってしまった。司書さんが座っている椅子の裏にある扉の奥には少し大きめの空間が広がっていて、さらに奥に続く扉が二つと机にそびえたつように積まれた本の山。そして、その机に寝そべるように体を預けている少女?がいた。

「ロノウェ先生、起きてください。もうすぐ五時ですよ」

 肩をゆすってもなかなか起きない彼女だが、そのポニーテールを引っ張られてやっとこさ起きた。髪を引っ張られたのが嫌だったのかその顔は不機嫌そのもので、かといって高圧的ではない。怖い人でなくて良かった、とエレインは心の中で安心する。

「ロノウェ、ってことはまさか」

 驚くヲルスの反応を見て、さっきまで眠っていた少女は胸を張る。

「そうだぞ、ワシこそは72柱が一人序列27位のロノウェじゃ!」

 胸をそり過ぎてそのまま倒れそうになるが、司書さんに支えてもらって起き直る。寝起きにそんなことをしてしまうから……。でも、私も驚いた。この人も「魔女」なんだ、と。

「落ち着いてくださいロノウェ先生。この方たちが”手紙”のことを手伝ってくれるみたいですよ」

「おお、そうかそうか。じゃあ、ここに座っててくれ。ワシはみんなの飲み物を用意するから。おいシレ、お前は菓子じゃ」

「はいっ!」

 二人は隣の部屋に向かってしまう。お言葉に甘えて私たちは椅子に座って待つことにする。しばらくして、ヲルスが口を開いた。

「二人は、あの魔女のことを知っているか?」

「いいや、知らないよ」「私も」

 だろうな。と納得がいっている様子。何を納得したんだろう。

「彼女はこの図書館の目録だ。俺もこの学園に入るまでに聞いたことはあるんだ、魔女ロノウェの名は。だがそれはほとんど都市伝説だと思われていた。なぜなら、この図書館にあるすべての本の内容を記憶しているというんだからな」

「え?」「うそ」

「おそらく嘘ではない。司書もはっきりと魔女の名を口にしていた。大言壮語を吐くような愚かなことをこの学園内ではさすがにしないだろう」

 会話の途中で二人は扉から顔をのぞかせる。

 手には飲み物が乗ったプレートに、菓子が皿。二人ともどこか楽しそうだ。

「へへぇ、今日のおやつは豪華じゃな」

「お客人を前に粗末なものは出せませんからね」

「今日は運がいいのお」

 テーブルの端に食器を置くと、転がっていた杖を持って短く詠唱する。すると机の上に乗っていた本たちは、浮かび上がって地面にゆっくりと積まれていく。

「すごい」

「おお、もっと褒めろ」

「お願いします、この人を甘やかさないでください。すぐに調子に乗ってしまうので」

「なんじゃと、ワシにまたそんなこといいおって!」

「わかりましたから。お菓子、いらないんですか?」

「えっ。……分かった」

 急にしゅんとしておとなしくなる彼女。そんなにお菓子が食べたいのかな。とは言っても、私が知っている魔女や魔導士とは印象がだいぶ違う気がする。お菓子や飲み物を頂戴しながら、司書さんが自己紹介してくれる。

「改めまして、図書館司書で魔術師のシレです。こんななりではありますが、ノロウェ先生の弟子です」

「ワシが師匠のノロウェじゃ。教え子に師匠と呼ばれるのはなんだか気恥ずかしいので先生よびにさせている。お前らも、ふざけて先生とか呼ぶんじゃないからな」

「俺は一年のヲルスだ」

「同じく、一年のレイルです」

「右に同じくエレインです」

 と、こちらも簡単に挨拶をしたのだけれども、なぜかノロウェ先生は私のほうをじーーっと見つめている。何か私、やってはいけないことをしてしまった?

「お前がエレインか。噂はかねがね聞いているぞ」

「???」

「ああ、よい。こちらの話だ。それより手紙のことじゃったな」

 華麗な話題の切り替えによって話をなかったことにしようとするつもりらしい。シレさんがノロウェ先生に手紙を渡すと、それを見つめてしばらく考え込む。

「これは開けてもよいのか?」

「……どうでしょう。私も最初に見つけたときは開けようか迷いましたが、人に見せるべきでない内容の場合もあるかもしれないと思って」

「よし、なら開けよう」

「師匠、聞いてましたか?!」

「師匠と呼んだから絶対にワシは開けるぞ」

 ぺり、とのりはすぐにはがれて封は開く。中から出てきたのは、羊皮紙の便せんが何枚か重なったものだった。すると、それを見た先生はなぜか中を確認することなく封筒にしまって封を閉じてしまった。

「ノロウェ先生、どうかしたんですか?」

「いや、これは見ることができない」

「どういうことですか?」

「お前たちは、装札を知っているな」

「知ってます。ヲルスくんが使っているので」

「そうか、それなら話が早い。これはその装札と似たようなものじゃ。紙本体に魔術の刻印を刻んで対象以外の者の魔力に触れると刻まれた刻印から魔術が発動するというたぐいのもの。あのまま紙を表にしていれば、ワシらもろともこの部屋が木っ端みじんだったかもしれんな」

 それを聞いただけでぞっとした。やっぱりこの手紙を書いた人は、宛てた人にだけ読んでほしかったんだ。でもそうなると手掛かりは実質なかったことになる。どうやってこの手紙の持ち主を探し出そう。

 そうだ、

「その手紙は、どの本に挟まっていたんですか?」

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