本を探せ
「確か本の名前は……初級植物学だった気がします」
そして、この時のためのロノウェ先生。その頭にある記憶の中から、その本を見つけ出してくれる。と、思ったのだが。
「本当に初級植物学なんじゃな?」
「はい、そうですけど」
「残念じゃが、その題名の本は裏の書庫を除いただけでも優に二十冊はある」
聞いただけで頭が痛くなってきた。あの広大な本の山から二十冊も本を探さないといけないなんて。
「ほかに、その本についての手掛かりはないんですか?」
「それはおそらくないぞエレイン。この図書館にあるすべての本には、自動的にもとの本棚に戻る術式が施してある。つまり、戻った本がどこにあるかは分からないというわけだ」
だが、それに待ったをかけたのはシレさんだった。
「まだ、望みはあります。本当は数が多すぎて調べるのは嫌なんですが、こうなったらそっちを調べる方があの川から砂金を見つけるような途方もない作業よりはましなはずです。貸出履歴を取りに行きましょう先生。そこなら、その本がどの初級植物学か分かるはずです」
「そういうことじゃ。二度目になってすまんが、ここで待ってておくれ」
そう言って、二人はまた扉の奥へ向かう。戻ってくると二人とも前が見えなくなるくらいに高く積まれた書類の山を持ってきたので、私達はあわててその手伝いをする。
「とりあえず、この手紙を見つけたのが一か月前のことですので、そのあたりの貸出履歴を持ってきました」
「多いな」
「こんなに人が来るんだ」
「そうです。毎日何人もの生徒さんや先生、時折校外からこの図書館で本を探すためにやって方もいますよ」
「そりゃとうぜんじゃ。この世界でここより多くの本を抱えている図書館なんて、極東の無幻図書館くらいじゃからな」
書類の一枚目をめくると、貸し出された本の記録は一つ一つ丁寧に手書きで書かれていて、いかにこの図書館の司書をするのが大変かというのが伝わってくる。
「これを一枚一枚見るんですか?」
「まあ、そうするしかないといいたいところじゃが、ここはワシの得意分野じゃ。任せておけ」
ロノウェ先生は腕まくりをすると、深呼吸をしてその書類の山の前に立った。
「何をするつもりですか」
小声でシレ先輩に尋ねる。
「見ていれば分かりますよ」
その答えは先輩の言う通り聞かなくても容易に理解することができた。
ロノウェ先生の目の色が、変わった。それは字の如く。
それから、彼女は目にもとまらぬ速さでページを捲って捲る。あっという間に一冊が終わり、また一冊、一冊と右から左に搬入作業のように行われる。
10分もしないうちに先生はすべての貸出履歴の書類に目を通してしまった。
「……ふぅ」
「お疲れ様です師匠。休憩にケーキを持ってきました」
「おお、ありがとう。うまうま」
シレ先輩が師匠と呼んだことにも気づかないほどに、労力のいる作業。だけどそれをあんな一瞬でやってのけてしまった。
「魔眼、ですか」
「そうじゃ、よう気づいたな。ん?あぁ、そういうことか」
「あまり詮索は、しないでいただけると」
「もちろんそのつもりじゃぞ。ワシとてこれのことを詳しく聞かれても答えたくないからな。そこは、お互い様じゃ」
「ん、どうしたの二人ともこそこそと」
ふと振り返った拍子に、隠れていた左目が見えそうになって慌てて手で隠す。
先生の魔眼は、力を使い終わると目の色が戻るみたいだけど私のはそんなに器用な代物ではない。それが嫌な部分でもあるけど。
みんなが先生の作業が終わって続々と戻ってきたところで、先生の得た答えを聞く。
「ワシが見た貸出履歴の中にある本で初級植物学という本は一種類しかなかった。そしてその本だが、今は理事長の手にある」
「どうしてそれを?」
「最新の貸出履歴にバエルの名があるからじゃ」
誰が借りたのか分かったのはいいことだけれども、それは新たな行き詰まりを発生させる。私たちでは理事長に会う方法がない。というよりそもそも理事長室なんてものは校舎の地図の中に記されてなかった。
「どうしましょう。これじゃ唯一の手掛かりが」
「安心しろ。ワシはあいつとはこう見えても長い付き合いでな。こんぽ学園にいるなら大体どこにいるか見当がつく」
彼女が言った言葉に偽りはなく、すぐに理事長の姿を拝むことができた。
「おや、こんにちは」
まるで隠れるようにその場所にいたのに、ばれてしまったことにもさして驚く様子もなく落ち着いた様子で私たちに挨拶をする。
「こんにちは。私、エレインといいます」
続けてヲルスやレイルが挨拶をしようとしたが、彼は左手をこちらに向ける。
「いや、そんなにかしこまらなくてもかまわない。私は君たちのことをよく知っているよ。自己紹介してくれたエレインさんも含めて、ヲルスくんとレイルくんも」
「おいバエル。そんな戯れは今はいい。この子らはその本を探しにお前のところまでやってきたのじゃぞ」
彼の座る書斎の机の上には例の本が乗っている。どうして彼がその本を借りたのか。それを聞く前に、実際本人からそのことについて直接話を聞くことになる。
「私は、彼が消えて50年という節目にその最後の足跡を見たかっただけだ」
話の聞くところによると、あの手紙の持ち主は最後に思い人に向けて心の内を綴った手紙を、彼女がよく読んでいた本に挟んだ。その手紙が読まれるのを楽しみにしているということを、その人と理事長は話していた。
しかし残念なことに、彼はその手紙の顛末を知ることなく学園から姿を消してしまったという。
そのことを知る由もない少女は、時がたち学園を旅立つ。そうして残ったのは、山の中に埋もれてしまった手紙だけになってしまった。
「その、手紙の持ち主というのは?」
「フォラス。彼はいずれ戻ってくると言われて空位の座に置かれた、元天才錬金術師だよ」
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