行き場のない手紙
「そんな」
手紙の持ち主は分かり、それを宛てた相手さえも目の前に迫っているのに行き詰まるなんて。彼はもうこの学園にいなくて会うことすらかなわない。
「その人の居場所はもう分からないんですか?」
一縷の望みをかけて理事長に尋ねる。だが、それは希望的観測であって現実的じゃない。
返答は「No」か「いいや」か、肯定がされることはない質問。
「それがわかっていたら、わざわざこんなことをしないさ。直接本人に会えばいいのだから」
「じゃな。さて、お前さんたちはこれからどうする?」
ロノウェ先生はあくまで静観するだけ。真に選択すべき時はこちらが選択するのを待つ。それが彼女の教えなのだと思う。
そして、私はまだやっていないことを思いつく。それはよくないことだと分かっている。人の深層に入り込むような、開けてはいけない窓を開く行為。
ヲルスとレイルは、まだ頭を抱えている。やっぱり私が言うべきなんだ。
「ロノウェ先生、お願いがあります」
「ん?なんじゃ?」
「先生の魔術で、あの手紙の刻印を解除してくれませんか」
「いいのか?」
「かまいません。いざとなったら記憶を封ずる魔術でこのことに関する記憶を消してください」
「なんでそんな魔術を知っているのか、なんてことは今は聞かんでおこう。分かった、一度刻印をはがしたら張りなおすなんてことはできぬ。止めるなら今のうちじゃぞ」
「いいです。だって、手紙は人に届いてこそ手紙ですから」
それを聞いてロノウェ先生は手紙の封を開けて便箋をめくる。裏返しになった紙が何枚か並んで、その周りに陣を丁寧に描いていく。
「バエル、少し床が汚れるがかまわんな」
「いいとも。私も行く末を見届けたい気分になった」
内円にまで丁寧に描かれる魔法陣。ここまできれいに施されているものは長く師匠のもとで弟子をしていても拝むことはなかった。
「よし、こんなところじゃろ」
10分ほどかけて出来上がった魔法陣には先ほどの便箋が乗っている。魔法陣はまだ発動してないのに、それだけですでに充満した魔力を感じ取れる。
「制約を以って罰は落ちた。果たされた約定になす事柄はすでになし。新たなる導に従い、寄る辺なき帆を靡かせろ。除法の理」
魔法陣が光り輝くと、便箋に浮かび上がった魔術の刻印が火花を立てて焼き切れていく。そのまま繋がって意味を成していた文様は、ただの模様となって静かに眠りを告げる。
「これで大丈夫なはずじゃ。」
刻印は解除されたといっても、やっぱり少しだけ怖い。私は恐る恐るその便箋を裏返しにした。だが、書かれていた内容は予想とは違うものだった。
「拝啓、この手紙を見た人へ。きっとこの手紙が見られているということは、僕は死んでしまったんだろうね。わざわざ秘匿の魔術を使ってまでこの本を隠したこと、謝ろうと思う、きっこの手紙を見ている場にはセルキスもいるだろうから」
「やっぱりお見通しなわけね」
理事長は苦笑いを浮かべる。手紙はまだ終わらない。
「どうしてこの手紙を秘匿したのかっていう疑問を、この手紙にたどり着いた人たちは思っているだろうね。理由は簡単だ。僕の意気地がなかっただけ。彼女に思いを伝える勇気がなかったからだ。恥ずかしいね、こんな思春期みたいなことを死後に誰かに知られるっていうのは。でもこの際だからはっきり言っておくよ。僕は彼女のことが好きだ。愛している。いつもそばにいたい、そう思っている。フローラさん、君にこの言葉を伝えられたらどんなに良かっただろうか。きっとこれから僕はそのことを後悔する、いいや死んでもその思いが晴れることはないかもしれない。だけどさ、短い間だったけどあの触れ合っていられる時間だけで生きていこうと思える、あのまぶしい笑顔が、僕を元気にしてくれる。ありがとう」
ここで、一枚目の便箋が終わる。私はそのまま二枚目を見る。
「さて、残りの便箋についてだけど一枚はええっと、今はバエルだったかな。彼に渡してほしい。もう一枚は、もしまだ彼女がいるのならフローラさんに。見てもかまわないけど、恋文ではないよ。告白は直接するものだからね。最後になったけど、これを見ている学生へ。その青春に幸あれ」
手紙はそれを最後に、空白が続いている。
「なーんじゃ。全部ばれておったのか」
「まあ、あいつを出し抜ける人なんて先生含めても片手いたかくらいだからね」
二人が昔懐かしトークを始めてしまったので、気になることをぶつける。
「あの、フローラって誰のことなんですか?」
「名乗っていなかったのか。それなら知らないのも無理はない。アンドロマリウスといえば分かるかな?」
「師匠!?」と、声に出そうになるのを必死に両手で抑える。
ヲルスが疑わし気にこちらを見ている気がするけど、目を合わせたらそれこそ終わりなきがするからあえて目を逸らす。
「アンドロマリウスっていうのは、72柱の末席の魔女のことですか?」
「そうだよレイル君。彼が恋したのは、あの花園の魔女さ」
理事長は読み終わった便箋から、自分に宛てられたものを抜き取る。そこに書かれていた文章を一目通す。彼の表情に変化はなく、その心の内もうかがい知ることはできない。そのあと、師匠に宛てられた手紙を、中身を見ることなく折りたたんで自分の懐に入れる。
「これは、私が彼女に送っておくことにするよ」
「それじゃあ万事解決ってことで、ここらでお開きとするか」
ロノウェ先生の言葉で、私たちはその隠された部屋から出る。だけど私はどうにも万事解決したとは思えなかった。
「浮かない顔してどうしたエレイン」
「なんでもないよ」
ヲルスに心配されてしまうほどに私は表情に出やすい人だったとは思わなかった。その言葉を聞いてレイルもこちらを見つめており、心配そうな顔をする。
「そんなに気にしないでいいよ」
取り繕った笑顔は、ヲルスの機嫌を悪くする。踏み込んだ質問が来ることは避けられないことで、それももはや時間の問題だった。
「エレイン、何を隠している?」
「いや、何も隠してないよ」
私はごまかすように返事をして、目を逸らす。覗き込もうとする彼を追い打ちするように、一陣の風が吹いた。隠すように垂れていた髪は靡き、そこに埋もれた萌黄色の瞳が彼の目と合う。
「あっ」
すぐに隠そうとしたけれど、もう手遅れだった。
「お前、その目って」
それに続く言葉を聞く前に私はその場から逃げ出した。後ろから呼び止めるレイルの声も耳に届かない。ただただ、この数か月の友情をこの目のせいで壊されるのが嫌だった。
「やっぱり、こうなっちゃうの?」
頬を伝う涙は、両方の目から流れている。こんな目でも涙が流せるなんて知りたくもなかった。
もう、二人には会えないな。
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