ヲルスの強さ

 翌日、校庭に集まった一年生の生徒達。その前にある踏み台に立つのはこの学園の理事長。入学式以来ではあるがあまり印象に残っていない。どうしてかはわからないがおじいちゃんという印象しか脳に残っていなかった。

「入学席では長々とお話ししたことを申し訳なく思っている。私は立場上、入学式では認識偽装の魔術を皆に施さなければならなかった。それだけは最初に謝罪したい。私は魔道士バエル、名前だけでも覚えて欲しい」

 その名前を口にした瞬間、場に驚きが広がる。もちろんそれは当然のこと。72柱の中でも序列がつく上位12柱、その中でも最上位の序列一位の人物こそバエル。その名を冠することが許された存在。それが目の前にいるのだ。

「さて、宣言したとおり長話は嫌いでね。簡潔に言おう。君たちは今から私の固有結界の中でダンジョン戦に挑んでもらう」

 言うや否や理事長が指を鳴らす。すると、地面がゆっくりと沈む。再び目を開けると、地面の中にいた。どうして息ができるのかと言われれば、そこには舗装された道がある洞窟の中だったから。

 道には等間隔に置かれたたいまつのおかげで視界に影響はなく、いつの間にか服装が変わっていて、近くには三人組で作ったレイルとヲルスがいた。

「急だな」

 ヲルスは率直な感想を述べていた。ダンジョン戦が何かなんていう詳しい説明もなしにこんなところに突っ込まれてしまった。

「どうする?なんかあの人が言っていた通りなら戦闘が必須みたいな気がするけど」

「そうだね。でもまずは、これから確認したほうがいいんじゃない?」

 レイルがさしたのは自身の腰から下げられてたバッグ。見ると私も同じものを持っていた。

「何これ」

「中は少しの食べ物と水、あと地図と魔法陣を書く紙とペンに石灰石、そしてこれは…………なんだろう」

 私も見覚えがないものがあった。中に液体のようなものが入ったガラス製の何か。使い方は見当もつかない。

「それはいい。それより、こっちの地図のほうが今は大事だろ」

 全員がその地図を確認してみると、そのどれもが違うものだと分かった。ただ、そこに示されている文言は同じ。5ポイント取れば優、3ポイントで良、2ポイントで可、1ポイントで悪、0ポイントで不可。このダンジョン戦のルールを理解したところで、レイルが何かに気づく。

「これ、階層を表しているんじゃないかな」

「なるほど。じゃあ、この階段の位置を照らし合わせたら」

「ということは、どっちかが三階でどっちかが一階だな」

 ひとまず地図の見方は分かった。だけど、一つ致命的なことがあった。

「これじゃあ自分たちがどこにいるか分からないから意味ないね」

「さっそく行き詰まりか」

「ならまずは角に向かうのがいいだろう。そこまでに人に出くわせばそいつから情報を手に入れればいい」

「そうするしかなさそうだしね。行こうか」

 右に行くか左に行くかで二人がもめたので、杖が転がったほうという私の提案で、折り合いがつく。

「それにしても理事長もこんな大掛かりな魔術を使ってまで生徒の資質を見極めたいのかな」

「別にこの学園に入学するのは実力じゃなくても、魔法の才や家柄でどうとでもなる。理事長が見たいのはそんなうわべの判断じゃないってことだろ」

「って二人とも前、前!」

 私が呼び止めたが一足遅かった。折れ曲がった通路から人が出てきたのに気づかずぶつかってしまう。ヲルスはぶつかっても倒れはしなかったけど、相手は地面に尻をつく。

「おい、大丈夫か」

 そう言って手を差し伸べたが相手は露骨に嫌そうな顔をすると、それを振り払って立ち上がる。

「お前、ヲルスだろ」

「なんで俺の名前を知ってる」

「ほかのクラスでも有名だぞ、お前の粗暴っぷり」

 やっぱり印象というのは人の見方をゆがめてしまう。その本質を見抜けなくするフィルターができてしまう。今は、私たちのクラスで彼のやったことを咎める人がいないとは言えない。だけど、魔術師セーレが始めた不可ノートの1ページによってクラスメイトの彼に対する態度は柔和した。だけど、他のクラスはどうか。1日目の粗暴だけが蔓延し、その結末を知る人はいない。言葉にしなきゃ伝わらなないことがある、よく聞く言葉だけどその通りで実際目の前でその負の側面を見せている。

「なら、戦うか。俺たちは、ポイントがいるんだ。その犠牲になってくれ」

「お前には負けない」

 こうして、なんの相談もなく戦いの約束だけができてしまう。

「もう、しょうがないなぁ」

 3対3の戦い、どう戦うのか思い悩む必要はなかった。なぜなら、その前にヲルスが全員倒してしまったから。

「話にならないな」

 そう吐き捨てる彼の服は少し砂ぼこりで汚れただけで、ダメージを受けた様子は見られない。そう、彼のもともとのスペックは一番最初の印象が悪すぎるせいでどちらかというと高いほうになる。なんでもそつなくできてしまうけど、それを自慢してしまうタイプ。それで時々墓穴を掘ってしまうため、今みたいに悪い印象だけが残る。

 相手が強制退場となってこの洞窟のような場所からどこかに転送される。

「すごいね、ヲルスくん」

 それをただただ尊敬のまなざしで見るレイルは、ある意味ヲルスとは相性がいい。

「そうか?でもまあこれくらいは別に大したことないけどな」

 口調と表情が合致していない。うれしいのが顔に漏れていた。

「それより、ここがこの階層の角か。なら、俺の持ってる地図を同じ階だと目算づければこっちだな」

 入り組んだ迷路のように広がる場所。どこで鉢合わせするかわからないのが非常に怖い。私は内心、心臓が跳ねるような気持ちだった。一体みんながどれくらいの実力なのか私はまだ測りかねていた。ゆっくりとその道を進んでいる途中で、どこからか声が聞こえてきた。

「途中ですがここでお知らせです。残りペアが半数を切ったため、今からギミックを解放しようと思います。皆様、どうか罠にはお気を付けください」

 魔術通信はそれで切られた。だがその瞬間、確かに産毛を逆立てさせるような感覚が襲う。きっと魔術を階層全体に流し込んだことでその罠を作動できるようにしたんだ。

「どうする?これじゃあ迂闊に進めないよ」

「困ったね」

「エレイン、何か策はないのか?」

「え、私?」

「そうだ。レイルは、そもそも使える魔術が偏りすぎているから期待できない。それに俺は基礎の魔術を適当にやって上位魔術に手を出すようなやつだ。お前が一番広く魔術を扱えると思う」

 レイルがななにか反論がしたかったようだが「黙れ」の一言で一蹴されてしまう。

「うーん、レイルの浮遊魔術を使うとか?」

「それなら接触系の罠は回避できるね」

「二人も乗せてお前は飛べるのか?」

「いや、無理だね」

 光の速さでボツになる。ほかに策、ほかに……。

「じゃあ、天井壊す?」

「なんか面白そうだね」

 レイルは乗り気だが、ヲルスはといえば少し思い悩んでいるみたいだった。

「ほかに考えが思いつかなかったからそれでいいか。具体的にどうやって天井に穴をあけるつもりなんだ」

「それはもちろん、これでだよ」

 私は鞘と一緒に身に着けていた伸縮性の杖を握る。伸び縮みができるようになっているのは、彼女のメインウェポンを使う際に邪魔にならないようにするためでありその意図を酌んで師匠が私にプレゼントしてくれた大切な品でもある。

「セル・スプーダ!」

 杖の先にから魔力が放たれて天井に当たる。するとその周りの土が脆くなって崩れる。予想外だったのは、土だけじゃなくて人までもが落ちてきたことだった。

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