理事長のアソビ

 入学二日目からとんでもない授業が行われた一年C組だが、それ以降は他のクラスと変わらない時間が過ぎる。だがそんな学生生活も二ヶ月目に突入しようかというときそれは突然、まるで飛来してくる彗星のごとく私たちに襲ってくる。

「突然の告知になったことはとても申し訳ないと思っているが、これから一週間君たちは理事長の卓に座ってもらう」

 卓に座るとは、だれもがその言葉が気になったに違いない。

「卓とは、言葉の綾だ。正確には理事長が生み出した固有結界の中に君たちは入ってもらう。これは一年生が全員参加する行事。また、三人一組が必須なため無断であろうがなかろうが関係なく休むことは禁ずる。では、今のうちに三人組を作っておくこと。期限は明日。一限の時間までに校庭に集合していろ。今日の課題だが、その三人組を作っておくことだけだ。あとの時間は自由にしろ。では、解散」

 午後の授業は、嬉しいことにそれだけで終わると突然知らされる。どよめく教室、この学園に来てもう何度驚いたか、いつの間にか数えなくなってしまった。

「どうしようエレイン」

 ずいぶんと不安そうな表情のレイル。隣にはヲルスもいる。あの事件以降、二人はなぜか逆に距離が近くなりいつも近くで話をする仲の良い友達にまで発展していた。

「じゃあ、三人で組む?」

「いいの?よろしくね」

 別に改まって言うことでもないけど、言われて嫌な気分にはならない。あまりが出る組み分けではなので、しばらくすると全員がグループを作り終えた。

「具体的になにをするかまでは先生も聞かされてないみたいだね。というか私たち、この学園の行事をよく知らないような」

「そういえばそうだな。いや、俺はいくつか知っているぞ。この学園に入学する前に貰った小冊子が部屋にある。見に来るか?」

「そうなの?じゃあ見せてもらおうかな」

 今日の授業はもうないので、私たちはヲルスの部屋に向かうことにする。この学園の生徒はよっぽどの事情が無い限りは原則男女別の寮に住むことになっている。それぞれの寮は少し離れたところにあるため、普段寮に異性が入り込むということがない。だから私が男子寮に入ったときのもの珍しい視線が、少しだけ嫌だった。

「ここが俺の部屋だ。少し汚いが、それくらいは許して欲しい」

 中に入ると、初対面であった印象とは少し違いきれいな部屋だった。家具などからところどころ覗く貴族感は、シンプルな内装で中和されて非常に住みやすそうだ。

「イスは一つしか無いんだ。すまないが、一人はそこのベッドにでも腰掛けてくれ。俺はその冊子を探すから」

 タンスを開いてごそごそと探す彼。思い返すと、人の部屋に入るというのは初めてかも入れない。自分の部屋の方が汚いかもしれないことに私は少し危機感を感じる。

「あったこれだ。魔術学園の一年」

 表にはこの学園のキャッチコピーみたいなものが書かれていて、開くと左側に理事長の学校紹介、右側に一年の流れを書いた年表がある。そこには六月に実力診断と書かれている。

「実力診断?このあいだ先生がやったみたいなやつをやるのか?」

「どうだろう。でもそれならわざわざ理事長自らが出向いてするようなことではないような気もするけど」

「だからかもね。一年生の人数を知ってる?75人だよ。単純に考えてその人数が毎年卒業していったらどうする?72柱にはいくつもの空座が存在するのに、そんな人数に魔術を教えることなんてできないよ。二年三年のクラス数を考えれば、今の段階からふるいに落とす生徒を見極めるんじゃないかな?」

「まだ入学して二ヶ月ちょっとだぞ?それはあまりにも厳しくないか?」

「いや、それくらいじゃないと外の世界で魔術師としてやっていくことはできないんじゃない?」

「命の危険もあると?」

「特に魔道士、魔女のレベルになると余計に。だから彼らのもとで弟子となる魔術師も、優れた実力である必要がある」

 私は、改めて師匠がどれだけすごい人なのかを認識する。今まで近くにいたおばあちゃんだったような感覚が、急に遠くに離れていく感じ。

「そういえば、飲み物用意してなかったな。少し待っててくれ」

「別にお構いなく」

「僕も別にいいよ」

「まあもう持ってきたから飲め」

 少しの菓子と紅茶が一緒に出される。冷蔵庫で温められた紅茶は冷たく、猫舌の私にはこちらの方が好みだ。

「それじゃあ、私はそろそろおいとましようかな」

「ホントだ。もう日が沈んできている。さすがにこの時間までいたら寮長に怪しまれそうだな」

 私はそのまま二人と別れる。レイルも同じ寮なのでここでお別れだ。暗がりのなか自分の寮に向かっている最中、暗がりに走る影を見た。彼女の怯える瞳から流れる涙が、月明かりに反射していた。どうしたのかと声を掛けようとするがすぐに彼女の姿が消えてしまう。その足跡を追って見つけたものは、彼女が落としたであろう指輪だった。

 それが意味するものを私は分かっていた。同時になぜ彼女がこれを持っているのかという疑問を抱える。だが、それを聞く術を私はすでに失っていた。

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