謝罪
そもそも、あの先生に負けを認めさせるとはどういうことか。杖を握っているあたり魔術による干渉はさせない、つまり魔術ではない方法で負けを認めさせるという意味なのか、それとも私を魔術の力で打ち破ってみろという意味なのか。正解は先生のあの小冊子のみが知る。
「レイルくん、どうする?この課題、協力して解決してくださいと言っているようなものだと思うけど」
「それは僕も思った。でも、僕達みたいな魔術初心者であの魔道士である先生に負けを認めさせることなんてできるのかなあ」
やっぱりレイルくんも同じことを考えていた。これはきっとさっきの出来事見て出した課題。ということは、
「レイルくん。もしかしたら嫌な思いをさせてしまうことなんだけどいいかな」
「別に良いけど、それってこの課題と関係のあることなの?」
「たぶん。この課題の目的が協力だとするんだったら、もしかしたらさっきキミともめていた子と協力するってことが必要なのかも」
「それはいくら何でも考えすぎじゃ」
「でもそれならさっきなんで腐ったミカンの話をしたんだと思う?このまま行けばきっと彼はクラスで除け者にされてしまう。つまりはそれが腐ったミカンだってことを暗に示しているんだと私は思うんだ。だから、彼と協力することは必要なんだと思う」
彼はしばらく考え込む。私としても、レイルと彼がも一度同じ場所にいれば何かいざこざが起きるかもしれないと思っている。もしそうなったときは今度こそ私はレイルを守る行動を取るはず。
「分かった。彼と協力しよう。彼には彼なりの事情があったのかもしれない。そう考えたら、一度だけなら協力しようと思えてきた」
やっぱり彼は優しい。もし自分の立場でその提案をされたら断っていたかもしれない。それくらい、彼は芯からいい人なんだ。
「でも、それで協力したとしてどうやって先生を負かせるつもりなの?」
「それは……まあ協力することが決まったら考えよう。三人寄れば文殊の知恵ってあるくらだし。三人集まればどうにかなるよ」
僕達は例の男の子を探す。クラスメイト達はみんなバラバラに動いている。先生に魔術を行使するものもいれば、生徒とどうやって先生を倒すか話し合うもの、図書館で即席の魔術を覚えてこようとするものなどさまざまだ。そんななか、彼は案の定みんなからハブられて一人その場に立ち尽くしていた。
「おーい」
レイルが声を掛けるとびくっと肩をふるわせてこちらを見る。怪我はそこまで酷いものじゃなかったらしく、見た目からはおでこに見える絆創膏くらいが先の怪我を示す。
「なんでわざわざ俺に声を掛ける」
「キミの力が必要なんだ。僕達と協力してくれないか」
すると、彼はレイルの胸ぐらを掴んで声を荒げた。
「なんだ、俺に同情でもしているのか?お前に情けをかけられるほど俺はまだ落ちぶれてなんか」
「ストップ」
私は、彼の顔の前に手を置く。それ以上、言ってはいけない。そういう意味での制止。彼もその意味を理解してくれたのか、レイルの胸ぐらを掴んでいた腕を放す。
「怒っていないと言ったら嘘になると思う。僕にとってあの箒は大事なものだったし、大切にしていたから。だけど今僕達がなすべきことはなにか。それを考えたら、僕はキミの行いも赦すことができる。僕がこの学園でなしたいこと。それはなんとしても卒業の証を得ること。だからお願い、これがキミの贖罪になると思って協力してくれないか」
「そんなものでいいのか」
「いいと言っているじゃないか。それとも、このことをもっと深刻なものにキミはしたいの?」
「いやそういうわけじゃない。ちゃんと協力する。改めて、俺はヲルスだ。」
これで彼と協力関係を結ぶことに成功した。
「これからどうしようか。目標としてはあの先生に負けを認めさせるということだけど、現状みんなの魔法を使っての攻撃は全く効いてないみたいだね」
一部のクラスメイト達が持ちうる魔術をいろいろと先生に向けて使っているが、それも魔道士の前ではほとんど意味が無いのだろう。彼は顔色一つ変えずその魔法の反転術式を展開して相殺している。
「あれじゃあ、意味が無いだろう。今の実力じゃ、たとえ図書館から大きな魔術を覚えてきても意味が無い。数学の公式と一緒だ、その式が頭にあるだけじゃ意味が無いんだ。俺がお前の箒に跨がったときのように」
一度やり過ぎたとはいえ、彼はきっちりと研鑽を積んでいくタイプらしい。事実なぜ箒で浮く魔術を行使したのにそれが失敗に終わってしまったのかを理解している。
「それだともう方法はないってことになると思うんだけど」
「そんなことは無いと思うよ」
あの先生がこの課題で協力を促しているんだとしたら、きっとそこに糸口がある。
「まずは、全員が力を合わせるところからじゃない?」
図書館に行ってしまった生徒や、先生に戦いを挑んでいる生徒たちみんなを集めて作戦会議を始める。どうせ勝ち目の方が薄い挑戦、制限時間は実質ないに等しい。
「この課題、持久戦が一番負けを認めさせる可能性が高いっていうのは分かるよね?」
クラスメイト達はみんな頷く。そう、相手が魔道士と言っても人間であることに変わりは無い。それならお腹も空くし疲れもする。つまり数の力でみんなでじりじりと追い詰めていけばきっと最後に勝つのは僕達のはずだ。だけど、それは根本的は問題の解決になっていない。そんな耐久戦を魔術師にしかけるのはほとんど無謀に等しい。
「でも、それじゃあ今日中には決着がつかないんじゃない?」
「じゃあ、この中で上位魔術を使える人は?」
あげたのはクラスメイト十五人中、二人。妥当だと思った。
その2人の魔術を聞くと、幸いなことに戦闘用魔術だった。
「それならその二人を基軸に仕掛けよう。それじゃあ、作戦はこうね」
一通りの作戦をみんなに伝えると、それぞれの役割に分かれて散った。
私含めた五人は、この作戦においては役に立たないのでヲルスの上位魔術の手伝いに回る。もう一人のと比べて規模が大きいこの魔術は、その分下準備が必要になってくる。それを私たちでカバーする。
レイルはヲルスと共に代わりとなる箒を校舎に探しに行く。乗りやすさは壊れたやつが一番だけど、またがれれば一応同じことはできるみたい。
残った人のうち数人はもう一つの上位魔術の準備、そしてその他の人は攪乱系統の魔術を使える人達なので先生の近くで魔術を使ってこちらの下準備を悟らせないようにする。
「ええっと、まずは陣を敷いてこれを唱えるのね」
五芒星の位置にそれぞれ着いてメモの通りにする。これで準備は完了。あとは彼らが校舎から帰ってくるのを待つだけ。最後の大本命の下準備は完了したので、私たちも攪乱部隊と合流する。
合流した頃には、校舎から二人が戻ってきた。これで攻めることができる。もう一人の上位魔術が使えるエルビスタくん。彼の魔術は単純だがそれゆえに強い。レイルの箒にヲルスも跨がり、先生の真上に向かう。そこまで達したところでエルビスタくんの魔術が発動する。
「キル・ビンデン」
彼の魔術は拘束。対象の動きを一定期間止めるスタンの魔術。ヲルスの上位魔術は大がかりなぶん、威力については心配はない。だが、それを反転術式で相殺されてはたまったもんじゃない。そこで、彼の魔術。その意味では二人の相性はとても良く彼は安心して魔術を発動することができる。
「我が言霊に答えよ。汝は枷を引き摺り、導かれるは沈みゆく大地なり。飲み込め、黒洞」
私たちが下準備をした場所から、鎖が先生に向かって飛ぶ。その頃にはエルビスタくんの魔術も効力を失って先生は動くことができるようになっているが、反転術式を展開するだけのいとまはない。
鎖はすぐに先生の四肢を縛り付けて、次なる一手を打つことを封じる。だが一向に彼は負けを認める素振りを見せない。体の自由がきかなくなった先生は宙に吊り下げられた状態になる。その足下、小さな点だったものがだんだんとその大きさを広げて先生が入るのも容易な黒い渦巻いた穴が生成される。
鎖は一本ずつ彼の体から引き剥がれて、最後の一本すら彼の体を縛ることをやめる。彼は重力に従って、そのまま黒い渦の中に落ちていく。まるで、戦うことを拒むように。そしてその黒い渦が先生を飲み込むと、陣はその役目を果たし消えていく。
そこにはなにもない。ただ草の生えない地面があるだけ。その結末に、誰もが言葉を詰まらせた。
「どういうこと?」
「こういうことだ」
私の背後から突然した声。あまりにも急な出来事にわたしは酷い声をあげて尻餅をつく。そこには、黒い渦に飲まれたはずの先生の姿があった。
「お前達の実力はしっかりと見て取ることができた。その姿勢も。俺に負けを認めさせることはできなかったが、及第点。ひとまずは合格としておこう。今日の授業は終わりだ。放課後までの残り時間、好きに使うといい。それでは、また明日」
そう言って彼は職員室に戻っていった。まるでなにごともなかったかのように、先生の衣服にはしわ一つ無い。
「レイル、ごめん」
ヲルスは、彼に向って深く腰を下げた。それが精いっぱいの謝罪と言わんばかりに。
「いいよ。もうちゃんと伝わったから。それに、この課題は君がいなかったら乗り越えられなかったよ」
みんな、みていた。クラスのみんなはその光景を。
この日以降、たびたび先生は無理難題を生徒に出すようになる。その時に出てくる薄い冊子は後に「不可ノート」と呼ばれることになるが、それを当の本人が知ることはない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます