入学
とりあえず下山し、入れそうな場所を探した。すると、一カ所跳ね橋が下ろされているところがあったので、そこから学園に入ろうと試みる。
「すみませーん。魔術学園に入学する者なんですがー」
「入学式は来週なんだが」
「そうなんですか。困りましたね、エレインさんどうしますか?」
と言ってもこのカルデラにはこの建物くらいしかないし、かといってまたあの高い峰を越える元気も気力もとうに失っていた。
「分かったよ。特例で入るのを許可してやる。ただし、俺に着いてきて変なことはするな。さもなくば入学資格すらなくなる可能性だってあるんだからな」
「ありがとうございます」
門の側にある覗き戸を閉じると、目の前の壁門が開く。その先には先ほどの男が立っており、ついてこいと背を向ける。
「本当にここの入学生なんだろうな?」
やはり、突然の訪問者に警戒心を持っているため彼は常にこちらをちらちらと見てくる。
何か魔術を行使しないか見るためだと思う。
だけど、レイルはどうかは分からないけど私はこの学園の脅威になるような魔術など持ち合わせていない。新入生にそんな高性能を求めるのは良くない。
大きな建物の中に入って、長い廊下を歩いていると、事務課と書かれた表札が下がる部屋が見えてきた。
「ここで、自分の名前と出身を述べろ。そうしたら魔紋に魔力を流し込めば、本人確認が終わる。さっさと済ませてこい。時間外労働はあまり好きじゃないんだ」
彼の機嫌を損ねては、寝床が外になってしまいそうなのですぐに部屋に入る。中では温厚そうな女性の方が受付をしていて、経緯を説明すると分かってくれたようですぐに紙の資料が出てきた。
「えっと、キミがレイルくんで、キミがエレインさんね。それじゃあ、ここの魔紋に魔力を流してくれる?」
私と彼はそこに手を当てる。その文様は、光を放って、それが収まると赤く朱印のように紙を染めた。
「ありがとう。どうやら正式な入学生みたい。簡易的な手続きはこれでいったん終わり。あとは、入学式以降にあると思うから、それまでゆっくりしているといいわ」
二人は礼を言って部屋を出る。外では待ちくたびれた様子の門番が壁に寄りかかっていた。
「遅い」
「すみません」
その後、泊まる場所、ご飯を食べるところ、風呂の場所などの説明があると、俺はもう疲れたといってどこかへ行ってしまった。私たちも、男女で泊まる場所は違うということでお別れとなる。
「ありがとう、レイル」
「そんな、こちらこそ。また入学式で会えると良いね」
「うん。それじゃあ」
「またね」
私と彼はここでしばしの別れを告げる。次に会えるのは入学式かそれともそれ以降か。どちらにせよ、彼には再び会える気がしていた。
一週間、それは思っていたよりも早く過ぎていく。早く着きすぎたことは悪いこともあったけどいいこともあった。悪いことは、なぜか寮の掃除を手伝わされたこと。良いことは、早めに自分の部屋をつかわせてもらえることだった。
自分の部屋の整理などをしているうちに、あっという間に時間は過ぎてとうとう入学式の朝になってしまった。
壁門が開いて、大勢の入学生とその親御さんらが続々と学園に来る。魔術を習う学生の多くは富裕層であり、私のように親が入学式に来ない層というのは極めて少ない。
それもそのはず、魔術の関する文献や本などは大抵が高額なものであり、一般家庭が簡単に変える代物じゃない。だから、貧困層でこの学園に入学するのは生まれつき持った才を周りにいる人達が見いだしたか、腫れ物を追いやるようにこの学園に押しつけたか、だいたいどっちかだ。
私は、そんな人混みに紛れて入学式が行われる体育館に向かう。このときのためにと師匠が用意してくれた一番上等なお召し物を着て。
「ええー、この学園が創立されてはや…………」
理事長と思われる長ーいひげを生やしたおじいさんがこの学園の素晴らしさと入学できる名誉などについて長々と語る。
十代前半の僕達にとってそれはあまりにも長く退屈なもので、私の目からでも数人どころじゃないレベルで頭がふらふらと揺れるのが見えた。
「それでは、最後にこの学園に入学できたことを感謝と、これから成長していく君たちの成長を願って、祝いの言葉とする」
遂に長かった理事長の言葉が終わる。
「それでは、クラス分けですが今から名前を呼ばれた生徒から右奥の出口へとお向かいください」
私は自分の名前が呼ばれるのを心待ちにしていると、以外とすぐに名前が呼ばれた。立ち上がって出口に向かっていると、レイルが呼ばれたのが聞こえてきた。同じクラスだといいな。そう思って体育館を出る。
一年C組。それが私のクラスだった。黒板には席のイラストと、それぞれの名前が書かれている。私は窓側の再奥。いわゆる角席だった。
「なんだか緊張するな」
周りはみんなお金持ちの子供達。何かをしているというわけではないのに、自分とは違うと感じる。思い込みであると願いたい。
「あ、エレイン。同じクラスだったんだね」
「うん!よろしくね」
僕の前の席はレイルだったらしい。この大きな学園で唯一とも言える知り合いが同じクラス、しかも席がこんなにも近くなんて運命的すぎる。
生徒が席に座っていくので私たちもそれに則って席に着く。しばらくして担任が教室の扉を開けた。
「私は、このクラスの担任となることになった。魔道士セーレだ。よろしく」
すごい、本物の魔道士だ!と教室がざわめく。だがその騒ぎを一瞬で静めたのはそのセーレという魔道士だった。
ドンッ!
びくっ、と教室中のせいとが身震いする。
「私は、けっして新入生だからといって手を抜くつもりはない。言うまでもないことだが、この学園では外での地位などは一切関係ないことを忘れるな。あくまでもここは実力至上主義だ。みなその力の研鑽を積む努力をすることを心から願う」
彼の言葉に息をのんで、静寂が場を凍り付かせる。
再び彼が口を開くことで、それはゆっくりと融解していく。
「生徒の自己紹介などというものは私は必要ないと思っている。それはこれからの授業で覚えていけば良い。私が君達に求めるのは、先ほども言ったとおり成長だ。これから一人一人、現時点で最も得意とする魔術をその場で見せろ。それを見てこれからの授業の方針を決める」
改めて、得意な魔術と言われると悩む。そもそも私は師匠から五大元素の基礎魔術しか教わっていない。ただそれをコツコツやってきただけなので得意と言われれば得意ではあるけど、かといってレイルのような個性のある魔術じゃなかったら原点とかあるのかな。でも、かといって師匠にあれは学園では使ってはいけないと念を押されているし。
なんて、頭の中で自問自答を繰り返しているうちに自分の番が回ってきた。
「エレイン、おいエレイン。聞いているのか?」
「は、はいっ!」
「早く魔術を見せろ」
「えっと、それって基礎魔術でもかまいませんか?」
「かまわん。とにかく早くしろ」
「分かりました。ミル・スチーベン」
杖で軌道を描いて、そこに物体を乗せる。イメージのままに黒板の粉受にあるチョークが宙へと浮き、杖をゆっくりと動かせばゆっくりと、素早く動かせば素早く動いた。
「これで、いいですか?」
「ああ、それでいい。だが一つ聞きたいことがある」
「……なんでしょうか」
「お前の適性元素はなんだ」
「よくわかりませんけど、空だと言われましたね」
「言われた?」
「あ、いや空です。自分で調べたので」
「そうか。もういい、座れ」
危なかった。危うく師匠のことを口に出してしまうところだった。
でもよくよく考えれば入学届は師匠が出したんだからとっくにばれている気もする。
レイルが後ろを向いてどうしたの?とひっそり聞いてきたけど、大丈夫とだけ返す。
自己紹介が終わって初日は終わり。明日はしっかりと授業があるということだった。
「明日から授業だなんてなんだか楽しみだね」
「そうだね。学校に通うのなんて初めてだから私も楽しみ」
「僕も一緒だ。改めて、これからよろしくね」
「うん!」
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