まさに登校
そんなことを知るはずもないエレインは、師匠の書いた自作の地図を手がかりに魔術学園へと向かっていた。
「師匠、あんまり絵が上手くない」
ざっくりとした道筋は分かるけれども、分かるのはそれくらい。
「ここを通り抜けたら、着くのかな?」
目の前に広がるのは高々とそびえ立つ山脈。地図には確かに山の絵があって、そこを飛び越えているけれどもここかどうかは分からない。
「まあ、なるようになるさ!」
入学手続きは、師匠曰く済んでいるとのこと。それまでに学園にたどり着ければ入学はできるはず。その入学も四月だ。今はまだ冬の終わり頃。念のために早く出たけど、備えて置いて困ることはない。もし早く学園に着いたら、辺りを観光でもしようかな。
なんて、気楽に考えていた。山を目の前にするまでは。
「……たか」
山道はある、あるんだけれども。それにしても高すぎる。近くで見るとその異様な高さに声も出ない。
「これは一日じゃ越えられなさそう」
悩んでいても山は消えてくれないのだけれど、いざ登ろうと思うといかんせん勇気がいる。そうして五分ほど思い悩んでいると、同じく山に登ろうとしている人に出会う。その男の子は、こちらに気づくと近づいてきた。
「あの、もしかして魔術学園に向かってる途中ですか?」
「え?」
「いや、僕今年から魔導学園に入学する学生なんですよ。この山を登った先にあるのって魔術学園くらいだからそこに向かうつもりなのかと思ったんですけど、僕の早とちりだったですかね?」
「いやいや、私もそこに向かう途中だったの!」
それを聞いて彼はホッと安堵の息をつく。
「実は、魔術学園に向かうっていうのに途中で学生らしき姿がどこにもなくて不安だったんです。あなたに会えてホントに良かった」
「私も、この先にホントに学園があるのかなって思ってたところだったから」
「あ、まだ自己紹介してませんでしたね。僕はレイル。よろしく」
「私はエレイン。よろしくね」
二人は握手をしてぺこりとお辞儀する。
「それじゃあ、山を登りましょうか」
と言って彼は持っていた箒に跨がりだした。
「エレインさんもどうぞ」
「いや、箒なんて持ってないよ」
「えぇっ。それじゃあどうやって山を登るんですか」
「歩いてだけど」
話を聞いていると、どうやら彼は魔術師はみな空が飛べるのが当たり前だと思っていたらしい。それは絵本の読み過ぎじゃないの、と言おうと思ったけどその後の空気を想像するだけで怖かったので喉元で引っ込む。
「まあ、僕はこの魔術しかできないんですけどね」
「そんなことないよ。私だってたいした魔術は使えないし、なによりそれを学ぶために魔術学園に通うんだもん。多分大丈夫」
師匠に言われたこと。自信を持て。その言葉だけで少し元気になれる。
「そうですね。じゃあ、今は僕の箒に乗ってください。こんな山道登ってたら足が棒になっちゃいますから」
「え、でも荷物結構あるけど」
「気にしないでください。僕はこの魔術だけを何年も使ってきたんですから」
そこまで言うならと、お言葉に甘えて彼の後ろに跨がって腰に手を回す。その時、変な声がしたのでどうしたのと聞いたけど、気にしないでとだけ言ってすぐに前を向いた。
「行きますよ。セル・スプリゲン」
ゆっくりと、地に着いていた足が離れていく。「うわぁ」と初めての感覚に驚きの声を上げる。
「どうです、すごいでしょう」
「うん!レイルすごいね!」
「……ありがとうございます」
私の言葉は謙遜でもなんでもなく、本当にまるで氷の上を滑るかのように山と平行に進んでいく魔術はただの一芸に留まらない洗礼さを感じた。
数分で山の頂へと着き、再び足が地に着く。
「はぁ、はぁ。でもこれ、結構魔力消費が激しいのが難点なんですよね」
「ちょ、レイル大丈夫?」
ふらっとよろけて斜面に落ちそうになる彼の手を掴んで寄せる。
「すいません。少し休憩させてください」
近くにあった平たい石の上に腰掛ける彼。
「ごめんなさい。私が乗ったせいで余計な魔力を使わせてしまって」
「別にそれはかまいません。友達になった人を置いていくなんてことはしませんよ」
「友達?」
「え、違いましたか?ごめんなさい勝手に友達なんて言って迷惑でしたか?」
「そんなことはないけど、友達って初めてだから」
彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに暖かく微笑む。
「じゃあ、僕が初めての友達ですね」
「そう、なのかな?よろしくね」
「そんなにかしこまらなくていいです。さっきみたいに気軽に接してくれれば」
「そうだよね。あ、あれって」
私が山を越えた方を見ると見えてくる大きな建物。周りを大きな壁で囲んで、中に大小さまざまな建物が鎮座している。
「そうだ、あれが魔術学園」
カルデラの中に建てられたその施設は、壁を築いたことで同時に堀を生み出す。壁の外側には水が溜まり、自然の防壁を生み出すことで侵入を容易ではなくする。
「ここで私たちの学園生活が始まるんだ」
「楽しみだね」
「うん」
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