悪魔殺しの学園録

日朝 柳

エレイン、入学する

卒業そして、

「ありがとうございます!」

「いえいえ、これが私の仕事ですので」

 私の隣で謙遜した言葉を並べる彼女は、魔女アンドロマリウス。私の師であり命の恩人。

 年齢に見合わない若々しいその姿は魔術によるものなのか、私には知るよしもない。

「あら、今日は小さな魔女さんも一緒なんですね」

「そうなんだ。来週から魔術学園に通うことになってね。最後にこの町に姿を見せておかないとと思ってね」

「はい。今までありがとうございました」

 深々とお辞儀をすると、そんなにかしこまらないでと彼女は顔を上げるように言う。

「そんな、私はいろんな人にお世話になりっぱなしで」

 いつもこの町に降りてくるときは師匠の助手。解決しているのをただながめているだった。もし自分がもっと優秀だったらと思ったことは数え切れないほどある。

「いいのよ。魔術学園に行って本当の魔女になったとき、またこの町に帰ってきてくれれば」

「はい!その時は今までの分ちゃんと恩返しします!」

「それは楽しみねえ」

 そのあとも町の人達に挨拶を済ませると、私たちは森の奥へと帰る。

 その森の中、ひときわ目立つ木の中にある家が師匠の家。

「さあて、これで私が教えられることはすべて教えたわね」

「ありがとうございます、師匠。でも、私はまだまだで」

「そんなこと言ってはいけないよエレイン。お前はもうすでに魔女の教えを受けているんだ。決して自分を過小評価してはいけない。その左目にかけて」

 私は咄嗟にその左目を隠そうとする。だけど、師匠はそのしわがれた柔らかな手でその手をよける。

「かわいい顔を隠すだなんて、罪な子だ。胸を張っていれば誰も気にすることなんか無いよ」

「わ、わかりました師匠」

 私はせめてもの抵抗で左目に髪をかける。しょうが無い子だね、と師匠には言われたが私は本当に嫌なのだ。この左目も、そしてその運命さえも。

「旅立ちはいつにするんだい」

「一晩明けたらです」

「さびしいねえ。この大きな家でまた私一人で住むことになるなんて何年ぶりだろうか」

「立派な魔術を身につけてまたここに帰ってきます」

「いいや、それはしなくていいんだ」

 師匠はタンスの引き出しから何かを取り出す。彼女の手には何かのケースがにぎられている。私にそのケースを渡すと師匠は椅子に腰を落とした。

「エレイン、開けてごらん」

 ゆっくりとそのケースを開けると、そこには紫紺色の宝石がはめ込まれた指輪があった。

 私は思わず顔を上げて師匠を見る。

「師匠、これって」

「そうだ。もう私から教えられることはないと言ったはずだろう?これは魔女の証。エレインの目と同じ紫紺の宝石だ」

 魔女の証。それは魔女の教えを受け継いだ証明であり、一人前の証でもある。

 それを示すためにそこには自身の瞳と同じ色の宝石が埋め込まれ、純血の証として左手薬指にそれをはめて結婚の否定を表す。

「でも私、まだ全然」

「慌てるんじゃないよ。確かに私はエレインには魔術の基礎と、”それ”の制御の仕方しか教えていない。だが、そんなものだ。魔女なんていうのはその基礎と殊なる一があるだけでいいんだ。私だって自信を持って魔女だと言えるほど卓越したものは持ち合わせていない」

 だけど。師匠は続けた。

「キミの殊は、そうそう人に後れるものではない。もっと自身を持つんだエレイン。キミはもう、立派な魔女なんだから」

「っ、はい!」

 私は流れる涙を拭きながら、笑った。そうだ、私はもう立派な魔女なんだ。

 あんなに積まれていた不安はどこかへ飛んでいき、大きな期待が胸を膨らませていった。

「だが一つだけ、守って欲しい。その指輪は誰にも決して見せてはならない。魔術学園を卒業して初めて指にはめるんだ」

 指輪は本来卒業してから魔女のもとで修行をして初めて手にするもの。入学生が持っていればそれは大きな問題になるのだという。

「分かりました。絶対に誰にも見せません」

 私は宝物箱にその指輪を入れると、鍵をする。これで誰にも見られることはないはず。ご飯やお風呂を済ませているうちに、時間は日付が変わろうとするところまで過ぎていた。

「もうこんな時間かい。それじゃあ、おやすみエレイン。最後の夜だ、小さな頃のように私のとなりで寝るかい?」

「からかわないでください師匠。もう私は立派な魔女なんですから!」

「そうかい。わたしからすればまだまだかわいいけどね」

「もう!おやすみなさい!」

「おやすみ、エレイン。…………ありがとう」

 夜が明けて、日が昇ると私たちも目を覚ます。

 師匠も目を覚まして最後の食事を共にする。

「師匠、今までありがとうございました」

「ああ。まったく、最後まで泣くんじゃないよ」

「うっ、だ、だって」

 拭いても拭いても視界はぼやけるばかり。

 ひとしきり泣くのを、師匠は黙って見ている。

「泣き止んだかい」

「泣き止みました!」

「そうか。それじゃあ、最後だ。私の殊を見せてやる」

 師匠は家からでる。まだ冬の真っ只中。朝の外は酷く冷える。

 老体である師匠にとっては体に響くのにどうして。

「さあ、しかと見ておくんだ。キル・ブルーエン」

 彼女は杖を木々に掲げる。すると、木の葉一枚も付いていなかったその木に変化が現れる。枝の先に芽吹くその膨らみはみるみるうちに成長していく。

 そして、その膨らみに色が付くと桃色の花を咲かせた。

「わぁ」

「さあ、行くんだ」

「さようなら、師匠」

 私は、師匠とその桜の木々と別れを告げて森を離れる。ほのかに鼻をくすぐるその香りは暖かな春の別れを思わせる。

 あれが師匠の殊なる一。きれいな魔術だなあ。

 ここで、エレインと師匠との物語は幕を閉じる。再び蒔くが開くときどこになるのか。それは当の本人すら知る余地もない。示すは風の導きのみ。

「これで私も隠居かな」

 家に戻ろうとアンドロマリウスは後ろを向く。

 その日以降、彼女が町に顔を見せることは二度と無かったという。

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