極東、五月雨の血
着崩さないでね
私たちは何日もかけてその極東の町へと向かった。
下山して初めに、シレさんが馬車を見つけてくれたおかげで数日で済んだけれどもし見つかってなかったらと思うと気が遠くなる気持ちになる。
「ここが、仁」
木造建築の建物が並ぶその町は、まさに異文化を象徴していた。
だが、それ以上に私たちは悪い意味でとても目立っていた。それは、肌の色や髪の色のせいではない。そのような人は少数ながらもいる。
「シレさん、どうしましょう。服が違いすぎて悪目立ちしていますよ!」
「そうでした、そのことを完全に忘れていました。織物屋に今すぐ向かいましょう」
私たちはこれ以上こお町で目立たないように急いで織物屋へ足を運ぶ。幸い、すぐに服は見つかって私たちはそれに袖を通した。
みんな各々が選んだ着物を着て、集まる。私は刀を持っているという都合から男物の服に身を通す。髪は一つ結びにしてさらしを巻く。鏡で見たけれどまあまあ様になっている気がする。
着替えてから外で集合する。シレ先輩はやっぱりきれいだなあ、と少しうらやましさを感じる。二人も慣れない服に動きづらさを感じつつも、さっきよりは目立たないので納得はしているみたいだ。
「これからすることはまず一つです。手分けして宿を探しましょう。やはり拠点は大事です、特にあたしたちの文化が通用しない場所では安全な場所を確保するというのは必須ですから」
私たちは彼女の指示に従って、できるだけ通りに面していてそれでいて見通しの良い場所を探した。見つかった場所は一泊の値段が想定の1.5倍だったけれど、シレ先輩は苦渋を飲みながらもそこを選んだ。
「背に腹は代えられません。手早く済めば安上がりだと考えましょう」
部屋はまあまあな大きさで、二人部屋を二つ借りた。
そこに荷物を置いて宿を出る。レイルだけは使える魔術が飛行だけなので仕方なく箒を持っているがそれがなんとも服に合わない。
「お前、それ宿に置いてきたらどうだ」
「それじゃあ僕の存在意義はどうするのさ!」
「まあ、言われたら確かに」
「確かにって言うな!」
今では飛行魔術以外も練習をしているみたいだけど、それはこうご期待ということで。
「日が沈む前に一つは工房を見に行きましょう。手掛かりを集めるのは早いに越したことはありませんから」
この町は、いたるところで鋼を打つ音が聞こえる。それは夕方になってもやむことを知らず、むしろ日中の人々の声を失った今、それはより響いて空気を揺らす。
「あちらですね」
一つ目の工房にたどり着く。そこは、質素にも窯と鋼を打つ場所が屋根で覆われているだけの簡単なつくりの建物だった。そこに座ってひたすら鋼を打つのは、白髪が伸びきった70代にも達していそうなおじいさんだった。
「すいません」
シレさんが声をかけても返事はない。何度そうしても彼はこちらに見向きをすることすらない。だから、私たちは彼がその鋼を打ち終えるまで待っていた。
もう日が暮れて月が昇りそうになり、帰ろうと思ったころ彼は私たちに声を掛けた。
「用はなんだ」
「人斬りのうわさについて、聞きたいことがあるんですが」
それを聞いて彼の態度は急変した。仏頂面だった彼の顔には明確に怒りがこもっていて、とてもそれ以上を聞き出すことができないような雰囲気を醸し出していた。
「話すことはない。それが用ならさっさと出ていけ」
彼はそう切り捨てて、再び作業に戻る。それからシレさんがどんなに声を掛けても彼には聞こえないようで反応すら示さなかった。
「あのおじいさん、絶対に何か知ってますよ」
「そうなんだろうけど、あそこまで徹底的に拒絶されたらどうしようもないかな」
「夜が遅くなる前に帰った方がいい。なんの情報もないまま人斬りに出くわすのだけは避けたいからな」
もうすでにあたりは静けさが満ちて、時折吹く夜風が不気味さをより肌身に染み渡らせる。
刺すような視線を感じたのはそのあとだった。気づいたときには目の前に”それ”はいて、凍るように空気が張り詰めた。
「誰ですか」
シレさんは私たちを庇うように前に立つと、杖を持って相手に向けた。
「答える必要はない」
そう言って彼は一歩こちらに近づく。
「それ以上こちらに近づかないでください。もし近づいたら、容赦はしません」
彼女の杖を握る力が強くなる。対する相手も、腰に差した刀に手を当てた。どうやら引いてくれるつもりはないみたいだ。四人を相手にしても勝てるということなのだろうか。彼はその足を止めることは無い。
「目をつぶっていてください。ミル・ビリンク」
月明かりがあるとはいえ、ここは灯篭もない路地。その暗闇の中で閃光が放たれれば、誰だって視界を一時的に失う。
「アフタイロン。ブレネン!」
さらにその閃光は空中で分裂すると炎を纏う。まるで鬼火のようなその閃光は、彼に向かって追従し攻撃を開始する。
「手繰れ、影斬」
抜刀からの踏み込みは一瞬だった。
彼とシレさんの距離はたった一歩の所まで詰め寄られ、それは確実に刀の間合いに入っている。
そして言うまでもなく、彼の斬撃は彼女の胴を切り裂いた。
「どういうことだ」
ヲルスはその不可解な現象に顔をしかめた。
確かに彼女の体に刀が振られ切斬られたことは誰もが見ていた。なのに、彼女の体には刀の傷どころか服でさえなんの斬られた跡もない。
「その命、貰い申した」
「何をしたの!」
シレさんが声をかけて振り向いた頃には、彼の姿は闇の中に消えていた。
「くそっ、俺が前衛にいればあの攻撃くらい止められた」
「今はそれよりもあの魔剣と彼の言葉の意味を考えないと」
彼は命を貰ったと言った。つまりは彼が噂の人斬りであることは間違いない。
能力が分からない以上、これ以上追うこともできない。
「やっぱり、さっきのおじいさんに何か聞いたほうがいいと思う」
「ですね、戻りましょう」
ここで成果なく宿に戻れば、ただシレさんが全く概要が不明な爆弾を抱えてしまったことになる。それは実質、非戦闘員が一人増えることを示していた。
「話すことはないと言ったはずだが」
おじいさんは、私たちがまた来たことを知ると心底嫌そうな顔をしてこちらを見る。威圧に近いその表情だが、私たちだって引くわけにはいかない。
「単刀直入に聞きます。あの魔剣のに込められた魔術はなんですか?」
シレさんは焦っていた。それもそのはず、自分が斬られたのに無事なことがなにより不気味なんだと思う。いや、それ以上にその状況に恐怖しているのかもしれない。それを私たちに見せないあたりが凄いと、私はただ尊敬する。
「だから話すことはないと」
「私は、彼の持つ魔剣に斬られたのに無傷なんです。教えていただけませんか」
彼女の足は震えていた。こちらからは見えないけれど、きっと彼女が目の前のおじいさんに見せる表情はきっと私たちは見てはいけない。
彼はその言葉を聞いて一瞬目を見張ると、シレさんの震える表情を見てすべてを理解した。これは質問をしているのではなくただ助けを乞いているだけなんだと。
「分かった。とりあえず私の家に君は入るんだ。いや、君たちも私の家に入ってくれ。これは人に聞かれてはいけないことだからな」
その家の中は畳が敷かれた和室が二間ある。一つは囲炉裏があり、そこに薪を置いて火をくべた。みんな、それを囲むようにして座る。しばらくして、彼はゆっくりと話し出す。
「君、名前は」
「シレです」
「シレというのか。まず、先に謝っておく。本当に申し訳ない」
その場で急に土下座をしだしたことにシレさんは慌てる。
「いや、どうしたんですか急に。顔を上げてください」
なんども言われて、やっと彼は額を畳から離した。困惑する私たちに、彼はもう一度驚くべき真実を突き付けられる。
「あれは、影縫は、私が造った魔剣だ」
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