口に残る

 全てが丸く収まるなんて都合のいい話は、案外多くない。このお話にも禍根は残っている。

 私たちは、夏休みも始まっためでたい日だというのに初日からセーレ先生に呼び出しを食らっていた。

「失礼します」

 職員室は夏休みだからかあまりほとんど人の影がなく、数人が事務作業に追われているといった具合にしか先生がいなかった。だがそんな中一人静かにコーヒーを飲みながら読書を嗜んでいる、周りから見たら煽っているような人がいた。

「あぁ、やっと来たか」

 彼は読んでいた本を閉じて机に置き、隣の応接間に移る。そこにあるソファに先生は腰掛けて私たちは椅子に座る。先生は準備していた書類を私に押し付けた。

「お前達の今回の出来事についてだが、残念ながら目撃者は数人いたようだ。理事長がその後処理については行ったが、これは職員会議でも少し問題になってな。お咎めなしという訳にはいかなくなった。本来ならヒーデルックにその責を与えても良かったが、彼女は卒業を控えている上に先の魔術の行使の反動がまだ残っている。そこで出た結論だが、お前たちには合宿という名目である街に出向いてもらいたい」

「合宿、ですか?」

「ああ。まあただ少しその町では不可解な出来事が起こっているらしい。なんでも夜が明けると突然人が切られて死んでいるということが立て続けにあり、それが魔術の仕業ではないかという疑惑が人々の間で広まっている。その真相を明らかにするのがお前たちの合宿の目的だ」

「人切り、ですか。そんな物騒な場所に生徒を派遣するんですね」

「まあ最後まで聞け。本来なら卒業生である魔術師や魔導士達にこの仕事を回すんだが、どうやら問題は魔剣が絡んでいるというのが妥当な筋らしい。そこで、今回はその分野を得意とする者にお前たちは同行してもらう。入ってくれ」

 私たちは扉の方を向く。入ってきたのは私たちのよく知る人物だった。

「お久しぶりですね皆さん」

「シレさん」

 あのロノウェ先生の弟子であるシレさん。そういえば、彼女はもうすでにこの魔術学園を卒業している魔術師の一人だった。

「セーレ先生もお元気ですか」

「ああ、変わらずな。事前に説明はしているがもう一度確認する必要はあるか?」

「いえ、大丈夫です。お三方をお連れして極東の仁という国にある町へ向かって問題を解決するんですよね?」

「そうだ。予定としてはどれだけ長引いたとしても一月で終わらせてほしい。さすがに夏休みの半分以上をその問題解決に充てるのは申し訳なくなる」

「そうですね。私もできるだけ早く解決できるよう努めますので」

 出発は二日後。それで話が纏まって、私たちは職員室から離れた。お昼時を少し過ぎたあたりで時間としては微妙。ここでもう解散にしようかという流れで、シレさんは私たちを引き留める。

「皆さん、少しお話をしませんか?」

 割となんでもあるこの学園。カフェで四人席に座る。各々が好きな飲み物を頼んでそれを店員さんが持ってきて机に並ぶ。

「どうして、わたしがこのお話で抜擢されたところから話す必要があるかもしれませんが、まずはその騒動の問題点を共通認識として頭に叩き込んでおく必要があります」

「そうですね。そっちのほうが現地に着いても目的を見失うことはないですから」

「じゃあ、まずは私の魔術についてお話します」

 シレさんの魔術、それは白魔術であり白という色がその魔術の特性を最もよく表している。その真髄は漂白。毒や呪いといったいわゆる”汚染”されたものを漂白してまっさらにするというのが彼女の魔術。

「この人切り事件の原因とみられる魔剣ですが私の魔術であれば解呪、もしくはその効力を抑えることはできるはずです。そしてその間に皆さんでその刀を取り上げる、というのが理想的な流れなんですが、この町には私の魔術じゃどうしようもできない場合が多々あると思います」

「それはどういうことですか?」

「この町はかつて魔剣を作ることを生業としていた刀鍛冶たちの場所なんです」

 つまり、魔剣は一本ではない。そしてそんな魔剣が身近にある町からわざわざ要請がおりたということは、ただ事ではないのは明白だった。

「私は行く前から胃が痛いです」

「同感だ。ほんとにセーレは俺たちを生徒として見ているのか?」

 ヲルスの疑問も確かながら、いまさら取り消せる話でもない。

「それは安心してください。あの先生はできない人には物事を押し付けたりするような方ではないので」

 私たちは荷物をまとめて、二日後正門の前で集まる。極東の夏はとにかく熱い、というセーレ先生の助言を受けて私たちは皆薄着をして集合した。ここでは少し涼しいくらいだけれどこれくらいでちょうどいいと、見送りに来た先生が言う。

「くれぐれも無理はしないように。君たちの検討を祈っておく」

「それでは、行ってきます」

 私たち四人での合宿が始まった。

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