懸念
「終わった〜!」
終業式。誰しもが心焦がれる学業の休憩期間。明日から夏休みというその日、夏らしい燦々と照りつける太陽が眩しい。
「ねぇねぇ二人とも、成績どうだった?」
「普通だな」
「見せてよ」
「ほら」
「うわっ、全部良以上じゃん」
見るとホントにダメなところの無い成績表だった。
「ボクはやっぱり飛行魔術以外はあんまりみたいでさ、ギリギリなのが多かったよ」
でも飛行魔術の評価だけは確かなものなので、実用的魔術の欄は優だった。
「で、エレインの成績は……うわ。優ばっかだ」
「本当に凄いんだなお前」
「いや元々基礎魔術はずっと練習してたから出来ただけだよ」
代わりに実用的魔術と呼べる代物を持ち合わせていない私はレイルと違ってその欄だけが不良だったりする。
三者三様の成績表見比べ会は終わりを迎え、話は先日の彼女のものへと移る。
「そういえば、ヒーデルックさんの体調が回復したらしいよ」
「そうか、それは良かった」
「一回お見舞いに行ってみない?」
「うん。私もそう思ってたところ」
三年生の寮は、一二年生のものと離れている。その分何か威厳的なものを感じて下級生は下手に近寄ることは無い。
学年を分けるネクタイの色は、一年から順に黄、赤、青の刺繍が施されている。だからその寮の周りを歩くだけでも自然と目立ってしまう。
寮の入口には管理人さんがいてその人にヒーデルックさんのことを尋ねたところ、まだ彼女は保健室にいるとのことだった。
やっぱり見た目以上に魔術の行使による影響は大きかったみたいで、容態が心配になる。
「大丈夫かな」
「大丈夫だ」
ヲルスは強く声にする。まるでそれを願うかのように。
保健室には一室だけカーテンで仕切られた場所があった。そこを開けると彼女は、本を読んでくつろいでいた。
「あっ」
「大丈夫ですか?」
「うん!もう大分魔力も戻ってきて、念の為今日までって先生に言われちゃったから暇つぶしに借りた本を読んでたの」
それを見て私たちはひとまず安心する。
だが、彼女は直ぐに私たちに頭を下げた。
「それでなんだけどね、やっぱりもう一度だけ私の我儘に付き合ってくれないかな。これで無理ならもう諦めるつもり。迷惑なのは分かってる、だから断ってくれても構わないという前提でお願いするね。私に付き合ってください」
私は最初はそれについて手伝おうと考えていたつもりだった。だけどあんなことがあった以上、このまま続けていたらいつか彼女自身の命に関わると思ってしまうと、そう簡単に頷く訳にも行かない気がしてしまう。
「いいぞ。お前がそう望むなら、俺は最後まで手伝う」
誰よりもまっさきに返事をしたのは、ヲルスだった。彼は悩むよりも彼女の信念を手助けしたいという一心で、その手を貸すことにしたのだ。そうなれば、あとはもう決まってしまったようなものだった。
「なら、僕も手伝うよ」
私をヲルスが見るが、静かに頷く。
「これで俺たち3人はお前を手伝う。まだ、役者不足か?」
驚いてしまって声が出なかった彼女だが、ハッとして笑みを零す。
「いいや、十分だよ。ありがとう」
彼女はベッドから立ち上がる。彼女のベッドの脇には触媒が置かれていて、それを手に取る。
「まずは、魔石を探しに行かないと」
遥か太古の時代に魔法が栄えていた頃、魔力は人の身ならず大気にも満ち溢れていた。
それは地上で魔法使い達の手助けになった。また地下でそれは、鉱石へと長い時間をかけて凝縮されながら蓄積されていった。
その魔石という存在はもう既にその頃には完成形にたどり着いたいた。だが、その存在があらわになったのは人々が炭鉱という技術を手にしたあと。魔法が栄えてしまった世界にとってそれは必要なものではなく、大気の魔力が消え去り魔術そのものが当たり前ではなくなった世界において、やっとのことその存在は確認された。
それから掘り起こされた魔石は数えることのできる量を超え、今現在あまたとあったその探鉱もその数はこの世界に4つのみになってしまうのですが。
「というわけでやって来ました錬金科」
錬金術においてあらゆる物質は全てその魔術の材料となり得る。という名目のもと、この学園に存在する魔石を含めたほとんどの物質を管理、保存しているのがこの錬金科だ。
その深さはカルデラの上に存在しているとは思えないほどに深く、地下は10階まである。
噂では最深部ではマグマを取り出してそれすら錬金術の触媒にしているなんて噂すらあるくらいだ。
「すみません、三年C組のヒーデルックですが」
閉じられていた窓が開いて、そこから顔を覗かせたあまりにも気だるそうな女性。
「なんですか」
「魔石を少し分けてもらいたいんですが」
「あぁ、そうですか。ならここに用途を書いてお待ちください」
重い腰を上げて彼女はゆっくりと扉の向こうに行く。しばらくして帰ってくると、見違えたようにハリのなかった顔に精力が戻っている。
「はいはい、なるほどね。.........分かりました。それじゃあそこに腰掛けて待っていてください」
彼女はざっとその用途を見ると、扉を閉めてどたどたと足音を立てて階段を降りる音が聞こえてきた。
「これでよろしいですか?」
そう彼女の問いが聞こえてきたのは十分も経たなかった。受付の窓ではなく、その隣にある扉を開けて出てきた彼女の持つ箱には確かに大量の魔石が積まれている。
「はい。これだけあればたぶん足りると思います」
「それでは。意外と重たいので、気をつけて持ってくださいね」
そう言うと、彼女は扉の奥へ戻っていく。
ここまで明確に魔力の気配を感じるなんて、どれだけの魔力がこれらの石に込められているのだろう。
まずは第一の問題は解決した。残りは一つ。
「それで場所の問題だけど、どうする?」
あの場では狭いとロノウェ先生に言われてしまったけれど、大きな場所を確保できるほどの場所を私たちはまだ知らない。だからここはヒーデルックさん自身がその場所を見つけるのが一番なのだけれど。
「うーん。体育館、は大規模な魔法陣が敷設出来ないように校則に書いてあるし、演習場は大抵誰かしらいるし、他にあるかな〜?」
「なら、校庭はどうだ」
「それだ!」
あっ!といった様子でヒーデルックさんはヲルスを向いた。喜びで彼の肩を揺らす彼女だが、別段嫌そうでは無い。
「なら、セーレ先生に相談しに行こう」
「そうだね。じゃあ二人は先に校庭に行っててよ」
私とレイルはそこで二人と別れた。ヲルスが「おい、待てっ!」とかなんとか言ってる気がしたけど、聞こえない振りを決め込む。
「レイルも気づいたんだ」
「いや、なんとなくそんな気はしてたけど。でも、あんな耳を赤くしてたらそりゃ気づくよ」
確信犯二人は職員室に行き、諸々の事情を話す。それを聞いた彼はひどく辛そうなため息をついて頭を抱えた。
「なるほど。お前達三人、いや四人か。が、大バカなのは分かった。諦めろと言って諦められる事案なのか、それは」
「素直に分かりました。とは、ならないと思います」
「だろうな、まぁ良い。失敗は即ち死と隣り合わせだということを覚悟の上でなら許可してやらんこともない」
曖昧な返答を貰った私たちは、そのことを彼女に伝えた。だが、その反応は思っていたよりも良かった。
「なら、早速準備しましょう。私たちの悲願が叶うのであれば、命の一つくらい軽いものです」
彼女のその言葉に私は悲しくなる。命はそこまで軽いものでは無いと彼女が知らないことが、悲しいのだ。だけど、それ以上の信念が彼女にあるなら、誰もその行いを止める資格などありはしない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます