伸びない影

 彼女は、まだ起きたばかりだというのにネクロマンサーのことを説明すると言ってからとても生き生きしていた。それはきっと、彼女のアイデンティティであり誇れるものだから。

「まずは、私たちの扱う魔術について説明するね」

 ネクロマンサーが扱う魔術、それは端的に言えば屍を操る魔術だ。

 いわゆる死者の使役で、だからこそ現代においてはその死者の冒涜という考えも込みでネクロマンサーはやはり数を減らしている。

 正式な魔術の名があるとすればそれは、代傷魔術。血を媒体として使うことのできる魔術だ。

「それからね、」

 彼女は楽しそうに魔術の歴史について語る。それは日が暮れても続いていて私やレイルなんかは、いつの間にか眠ってしまっていたほどだった。

「っていうのが私たちネクロマンサーが扱う魔術なの。……あれ?」

「その代傷魔術というのは凄いんだな」

「ありがとう、えっと」

「ヲルスだ」

「ありがとう、ヲルスくん!」

「……まったくこいつらは。人の話を最後まで聞けないなんて礼儀がなってないな」

 彼は照れ隠しで、二人を起こす。そんなことに気づいてか気づかずか。彼女はその光景をほほえましく思い笑う。

「あ、あれ?私もしかして寝てた」

「そうだバカ」

「ご、ごめんなさいヒーデルックさん!」

「ああそんな。いいんですよ、私がつい夢中になって話してしまったので。それに聞いてくれてる方はいらっしゃいましたし」

 そう言って、ヲルスのほうを見る。私は脳内で旗が立つのを感じた。

 私とレイルはもう一度ヒーデルックさんに同じ説明をしてもらうのはさすがに失礼だと思ったので、ヲルスくんにかみ砕いて説明してもらった。

「なるほど。それなら、まずは行く場所は決まったね」

「どこですか?」

「それは簡単です。図書館に行きましょう」

 向かう先はもちろん彼女のもと。積み重ねで調べるのが結局一番の近道だったりする。だからまずは代傷魔術について調べることにする。


「嫌じゃ」

 開口一番、ソファにぐたぁーーっと寝そべるロノウェ先生は口にした。

「どうしてですか。この間は協力してくれたじゃないですか」

「ワシは嫌じゃと言っておるんだ。聞こえんのか?」

「師匠、不要に人を煽る言い方しないでください」

 なだめるシレさん。こちらを見て申し訳なさそうにしているが肝心の師匠はフンっと顔を逸らしている。これだけみたら子供と世話をするお姉さんみたいな構図だな、と思いつつもこれを口にしたら本当に調べてくれそうにないので、ひっこめる。なら作戦を変えよう。

「実は、調べてもらうときっと疲れるでしょうから甘いお菓子を持ってきたんです」

「そうか。で、調べたいものはなんじゃ?」

 あまりにもチョロすぎた。彼女の後ろで「甘やかさないでと言ったのに……」と嘆いているシレさんがいる。本当にごめんなさい。

「ほう、まだネクロマンサーがいたとはな。それで名前は何というのじゃ?」

「あ、ミレスト・ヒーデルックです」

「ミレストの出か。ワシはあいつ嫌いじゃったな」

「すいません……」

「師匠!そういうこというのやめてくださいって言ってるじゃないですか!」

「うるさいのお。もうやってやらんぞ」

「じゃあ師匠は金輪際お菓子なしで。そもそも勤務中にお菓子食べるなんておかしな話なんですから」

「分かった、わかったから!」

 彼女はソファから立ち上がってシレさんに懇願する。完全に立場が逆転しているさまを見て、なにかあったらここに来ようと思った。

「代傷魔術じゃったな。そもそも使用者がそこまで多くいるわけではないのじゃから、あまり期待するなよ」

 彼女は目を瞑って本を詮索する。脳内にある目録から、該当する書物を引き当てる。

「あった」

 結果はすぐに出た。今回は前回とは違い、直接本を取りに行くらしい。

 その場所は、前回見ることのなかった奥へとつながる扉の先。

「お前たちはここに来るのは確か初めてじゃったな」

「そうです」

「ここは一定期間読まれなくなった書物、つまり本棚に必要なくなった本を置いておる。残念じゃが、その探している本とやらも読まれなくなった本の一つじゃ。ここには、すたれて消えてしまった魔術に関する書物が数多く存在しておる。もう少し奥に行くぞ」

 奥の方へ行くほど、収められた本棚から見える本は年代を感じさせる。最初はまだ綺麗だったページが、はたから見ても焼けているのが分かるくらいに茶ばんでいく。

 そのうち、装丁までもが形を変えていく。

「ここらへんじゃな。すまんが手分けして探してくれんか。さすがにワシ一人では一日で見つけられる気がせんからな」

 ここにある蔵書の数は、きっと表にある数と大差ないほどにあるのだと思う。天井から吊るされた魔法による光源で照らされて分かることだが、まだその本の棚はさらに奥がある。私は残念ながら関連する本を見つけることができなかったが、他の子はいくつか見つけることができたみたいだ。

「ふーむ、二冊か。もう少しあった気もするが、比較的新しい本たちのほうが内容的には優れておるから問題はないじゃろ」

 ロノウェ先生の判断でこれ以上探すのは逆に時間が無駄になるということで、この書庫から出る。シレさんは、お茶をそそいで待ってくれていた。

「結果は良好ですか?」

「ワシがおるのだからそうに決まっておろう」

 まだ中身見てないから判断はできないとは言わなかった。私たちのタイミングで開けるものじゃないし、きっと読んでも理解できるとは思えなかった。

「ありがとうございました」

「また暇なときにでも来てください」

 挨拶を済ませて、再びヒーデルックさんのいた校舎へ戻る。

「その本、何か掴めそうな手掛かりでもありましたか?」

「うーん、どうかな。まだ分からない。でも、このままがんばったらできるようになる気はする」

 前を向けているうちは、良くなっているということだと思う。諦めさえしなかったらいいのだから。爆発のあった部屋に戻ると、彼女は何やら準備を始めた。

「私の魔術、一度お見せしておくことにしますね。やっぱり見ておかないとイメージがわかないと思うんで」

 彼女は、煤だらけの地面を箒で掃く。木目がその下から顔をのぞかせると、彼女は石灰石を持って魔法陣を描く。それは、普通の五芒星や六芒星がベースではなかった。

「あまり見ないですよね、円だけの魔法陣って。私も変わっているとは思うんです」

 描き終わると、その中心に真っ白な羽を一枚置く。彼女は自身の指の先を針で刺すと、そこから血を魔法陣に垂らして唱えた。

「素は血と鉄、捧げるは御身の拵。これを以って汝を呼びとめたまえ。魂呼びの陣」

 羽はが空中に浮かぶと、そこに陣に流れた血が集まる。やがてそれは生命の形をとって鳥の姿に忠実に似たものになる。それが本物と違う点は、真っ白だった羽を触媒にしたのにできたものが真っ黒な鳥だったことそして、その生み出されたものの目が虚だったことだった。そして、その鳥には影が存在していなかった。空中を飛んでいるのにその下に現れるはずの影がない。これもまた、生きていないことの証なのだろうか。

「これが屍術」

「まぁ、ほとんどテイマーみたいなものなんだけどね」

 彼女が腕を出すと、そこに呼び出された黒鳥は止まる。たぶんテイマーより明確に優れているのは飼う必要がないこと、つまり躾はいらない。呼び出された時点で主従関係ははっきりしていて命令権は彼女にある。だからこそ手間がかかるのも納得がいく。

「それで、私が使えるようになりたい魔術はこれの発展形。屍術で人を蘇らせることなの」

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