第20話 「豹変」
分身か……? でも、分身を作っているようにも見えなかった。尻尾を動かす以外にほとんど動いていない。
俺は必死に回避しようと逃げる。すると、ガチン、と大きな音を立てて口の閉じる音がする。
「――ハルト!」
二匹目の口はハルトの身体を咥えていた。
「あ……なん、で……オレがこんなことに……」
ようやく意識を取り戻したハルトは困惑して理解が追いついていない様子だった。
「なに、してる……早く、オレを助け……」
近くにいた俺を見つけて、ハルトは最期に助けを求める。
だが、その声が最後まで続くことはなく、全身はウロボロスの腹に飲み込まれていった。
「畜生……」
助けられなかった。ならせめて、後一人だけでも。
俺はシャルを抱えて逃げる。鎧が溶けていた分、重量が軽くて助かった。
武器まで持ってくる余裕はなかったけど、生きていただけよしとしよう。
最下層から戻って、アリシアたちと合流する。
「おかえり、カイリ。ここにいる人の応急処置は終わったよ。ただ、疲れてるみたいでしばらくは起きないかもだけど」
「生きてただけ良いよ。俺は、ハルトを……リーダーを、助けられなかった」
「そっか……でも、あんまり自分を責めないでね。今回のことは、カイリのせいじゃない」
最初から、分かっている。これはハルトの自業自得。助けないのが普通ってことくらい。
……俺はお人好し、なのかな。ハルトは良い奴じゃなかったのに、心が痛む。
「イオリちゃんもそう思うよ。カイリ、その子もこっちに寄越して。応急処置しちゃうから」
俺は抱えたままのシャルをイオリに渡し、回復アイテムで治してもらう。
「どうしようか、一旦帰る? このまま置いておくのも怖いし」
「そうだな。この辺りで退いておこ――」
「カイリ!」
アリシアが俺の言葉に割り込んで悲痛な声を上げる。
「どうしたんだ、急に……」
「カイリ、その手……なにが起きてるの……?」
「手……?」
俺は自分の手を持ち上げる。すると――指先が、溶けていた。
「な――っ!?」
見れば足の方も溶けていっている。足に上手く力が入らなくてその場の崩れ落ちる。
……まずい。まずいまずいまずいまずい。
パーティーの主力の俺が動けない。助けた三人は意識がまだ戻っていない。
こんなところを魔物に狙われたら……
「どうしよっか……」
「とりあえず回復アイテムで応急処置しないと……」
「それが、カナたちを治すのに使っちゃって、もう残ってないの」
そもそも、自分たち用に持っていた回復アイテムだ。
他人に使っても尚余裕があるほどの量は持ってきてない。
ハルトを急いで追いかけたせいで買い出しにいく時間もなかったし。
「イオリ、ナナならまだアイテムを持ってるはずだ。悪いけど、呼んできてくれ」
「それはいいけど、イオリちゃんが残らなくていいの?」
「今の状況ならアリシアのサーチの方が適してる。それに、イオリの目があれば、敵を避けながら戻ることもできるだろ」
「それなら楽勝だよ! じゃ、ゆっくり待っててね〜」
イオリが走っていく。その姿が見えなくなってから、アリシアが俺を見つめる。
「……カイリ、気付いてる?」
「なにがだ?」
「いくらイオリちゃんが最短で往復したとしても、カイリの身体が溶ける方が早いって」
「……なんとなく、分かってるよ。でも、賭けるしかないだろ。それ以外に方法はないんだから」
ダンジョンはぬかるんでるし走りにくい。そう考えるとイオリが全力で走ったところで間に合うかどうか分からない。
イオリを待つこと十分。まだイオリは到着しない。
俺の中に、焦燥感が湧く。
俺だって人助けのために命を惜しまない……なんてことはできない、普通の人間だ。
だから、怖いんだ。自分の死が間近になってくると。
腕もドロドロに溶け、どんどん胴体へ侵食してくる。
早く、来てくれ。
「――はは」
ふと、目の前から声が聞こえる。
それは――笑い声だった。
「――ははははははははっ!」
笑っている。俺の目の前で――アリシアが。
「どう、したんだよ……アリシア」
「あぁだって、あんまりにも綺麗だったんだもの! カイリが死の恐怖に怯える顔が!」
なにを、言っている……?
分からない。俺には、なにも分からなかった。
「だってカイリはもうすぐ死ぬんだよ! それがすっごくすっごく悲しくて――とっても気持ちがいいの!」
「訳が、分かんねえって……どうしちゃったんだよ、なにを言ってんだよ……」
「分からないの? なら、はっきり言うけどね。私は見たいの。カイリが死ぬその瞬間を! その為に、わざわざパーティーから抜けてまで、着いてきたんだから!」
――理解できない。アリシアの言っていることが、何一つ、理解できなかった。
「俺を……騙してたのか……? それが、アリシアの本性なのかよ……。俺を好きだって言ってくれたことも、全部、嘘だったのかよ……っ!」
「私はカイリのこと大好きだよ」
「――は?」
「大好きで大好きで心の底から愛してるからこそ――死んでほしいの」
アリシアはそう言って、太陽みたいに明るく、微笑んだ。
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