KACに出さなかった短編「完璧な『言い訳屋』」

水ぎわ

「どんな『言い訳』でもぴたりと作ります」

 バーで会ったその男は、思ったよりみすぼらしかった。

「一杯、いかがですか」

 男は色の濃い眼鏡をかけなおし、

「そりゃどうも」

 グラスを前にしてぽつぽつと話しはじめた。


「これでもね、昔は羽振りが良かったんですよ。仕事がうまくいって……『言い訳屋』でした。

 ご存じない? 最近はあまり見ませんね、なにしろ割に合わないので。


 『言い訳屋』は『言い訳を売る』仕事です。

 どんな状況にもピッタリの『言い訳』を、オーダーメイドで作ります。

 むずかしいだろうって? 経験を積めばなんとかなります。

 たとえば遅刻。これはたいてい『移動』系で対応できます。

 実際に起きた事故や電車の遅延を『言い訳』に織りこむんです。


『いい言い訳』には、真実がほんの一滴入っています。

 一滴でいいんですよ。

 そのあたりのさじ加減が、腕の見せ所でしてね。


 こういうとあれですが、私はかなり腕がよかったんです。今でも5分で完璧な『言い訳』を作りますよ。

 でもね……落とし穴があるんです」


「落とし穴?」

 男はうなずいた。


「『言い訳』は1回のオーダーで終わらないんです。

 真実じゃないから歪みがある。補正しようと新しい『言い訳』を作っても、ズレがある。

 歪みの上に歪みが乗る……最終的にはどうにもならなくて崩落します。

 『言い訳』として機能しなくなるんですよ」


 おれは少し考えて、尋ねた。


「……完璧な『言い訳』でも、だめですか」

「だめです。最後に残るのは真実だけです。

『言い訳』と嘘は人を空っぽにします。

 だから『言い訳屋』はみんな、こうなるんです……」


 男はゆっくりと眼鏡をはずした。

 そこにはぽかりと、ふたつの虚空がのぞいていた。



 おれはバーを出た。

 空にはぼんやりした月が浮かんでいる。


 しょうがない。

 妻には正直に、上司とけんかしてクビになったと言おう。

 このさきの一生、ゆがみ続けたくない。


(字数 スペース含めて777字)

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KACに出さなかった短編「完璧な『言い訳屋』」 水ぎわ @matsuko0421

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