切符
出井啓
切符
ガタンゴトン。ガタンゴトン。
気がつくと列車の中で座っていました。
向かい合わせになった二人がけの席にぽつんと一人、取り残されたみたいに思えます。
窓の外を見ると吸い込まれそうなほど真っ暗で、列車の先頭も見えません。それでも列車は前に前に永遠に暗闇の中を進んでいくかのように思えます。
何か見えないかと暗闇の空間に目を凝らしていると声をかけられました。
「何見てるの?」
いつのまにか向かいの席に半ズボンの男の子が座っていました。
「……べつに」
暗闇を見ていただけです。
「ふ~ん」
聞いてきたわりにたいして興味のなさそうな返事をしました。
ただ、ずっと窓の外を見て楽しそうな表情をしています。
なんとなく聞き返してみました。
「君は何を見ているの?」
「サッカーの試合だよ」
男の子は聞くのがわかっていたかのように早く答えました。
「あそこですごい試合してるんだ」
男の子が指した方向を見ても相変わらず真っ暗です。
「もう少ししたら列車を降りて歩いてあそこまで行くの。ううん、やっぱり走っていく。早く着いてあの中に入りたいんだ」
「……そっか」
「うん。あっ、そろそろ行かないと。それじゃあね」
男の子はそう言って手をひらひらと振ると、先頭車両の方向に走っていきました。
また、一人になりました。
しばらく男の子が出て行った次の車両へのドアをみつめていました。自分も早く行かないといけないような、行かない方がいいような不思議な感覚がしました。
ガタンゴトン。ガタンゴトン。
列車は止まることもなく進んでいきます。
どこへ向かい、いつ止まるのかわかりません。けれど、何処までも行けていつでも降りれるような気がします。
何もすることが無く、なにげなく窓の外を見ると、ちらっと明かりが見えたような気がしました。
なんだったんだろうとじ~っと見ていると声をかけられました。
「何見てるの?」
今度はポニーテールの女の子が向かいの席に座っていました。
「……何か明かりが見えたような気がしたから」
暗闇を見ていたんだけど。
「そっか。よかったね」
嬉しそうに答え、窓の外に目を移しました。
何が良かったのか分かりません。
ただ、女の子は嬉しそうに暗闇を見つめています。
また同じように聞き返してみました。
「君は何を見ているの?」
「お花に囲まれてる家だよ」
やはりすぐに返事が返ってきました。
「あそこにお花がたくさん置いてある家があるでしょ?」
女の子の指した方向を見てもやっぱり真っ暗でした。
「きれいでかわいい家だよね。もうすぐ列車を降りてあそこまで歩いていくの」
「そっか」
答えたものの暗闇ばかりで何も見えません。
窓から視線を外すと、通路にいつのまにか車掌さんが立っているのに気がつきました。
車掌さんは女の子に微笑みかけて聞きました。
「お時間は大丈夫ですか?」
女の子はチラッと窓の外を見ると驚いたような嬉しいような表情をしました。
「そろそろ行かなきゃ。それじゃあね」
女の子は車掌さんにさよならと言い、前の車両へ軽やかに歩いていきました。
前の車両の方をじっと見ていると車掌さんに声をかけられました。
「切符を拝見させていただいてもよろしいですか?」
よくありません。切符を持っていないどころか、列車に乗った覚えもないのですから。
「……えっと……その……」
「あぁ、切符をなくされたのですね」
そもそも持っていません。
「いえ……あの……」
「それでしたら、ゆっくりお探しください」
いいのでしょうか。
しどろもどろになる自分をおいて車掌さんは納得しています。
すでに列車に乗っているので探せばあるような気もします。
どこかで切符を見なかったか記憶を探っていると、車掌さんは一礼をして次の車両へ行こうとしました。
「あのっ……」
「はい、なんでしょうか」
車掌さんが振り向き聞いてきました。
困りました。
なんとなく呼び止めてしまっただけなので特に聞くこともありません。
悩んだ結果、今まで聞いてきたことを車掌さんにも聞いてみることにしました。
「えっと……窓の外に何が見えますか?」
車掌さんは窓の外に目を向け、眩しそうにそして嬉しそうに目をほそめて答えました。
「無数の光が見えますよ。遠く離れている光、触れられそうなほど近くにある光、淡くやさしい光、まばゆく輝く光。どれも綺麗に誇らしげにひかっています」
車掌さんは微笑みをうかべて聞き返しました。
「あなたには何が見えますか?」
振り返り窓の外を見てみると、真っ暗だった景色が一部分光で照らされていました。
でも、そこに何があるのかは分かりません。
列車の進む先で輝いています。
星のように遠くにあるような、手を伸ばせば届きそうなほど近くにあるような、不思議な光でした。
「何が見えますか?」
もう一度車掌さんが問いかけました。
「光……何かを照らす光……」
「そうですか。それは良いことです」
自分でも良いことような気がします。
そして、もう少し前に行ってみたくなりました。
「一つ前の車両に行ってもいいですか? たぶん前の方に切符があると思うんです」
「ええ、どうぞ。きっと見つかりますよ」
車掌さんは穏やかに微笑みお辞儀をすると後ろの車両の方へ歩いていきました。
ガタンゴトン。ガタンゴトン。
列車の進む方向へ、歩きはじめました。
前の車両にいくとメガネをかけた男の子が座っていました。
窓の外をぼ~っと眺めています。
ゆっくり静かに男の子の向かい側の席に座り、声をかけてみました。
「何見てるの?」
こうしているうちに切符が見つかるような気がしたからです。
切符 出井啓 @riverbookG
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