少年探偵ガジェットと先生といいわけ

加藤ゆたか

少年探偵ガジェットと先生といいわけ

 俺は少年探偵・青山一都かずと

 人は俺を少年探偵ガジェットと呼ぶ。

 俺は今まで秘密の探偵道具『ガジェット』を使って、いくつもの難事件を解決に導いてきた。

 今では世界中に俺の名前は知れ渡り、事件解決の依頼が絶えない。


 

「ガジェットくん! 依頼が来ました!」


 ガラガラ!

 助手少女のラヴが事務所の扉を勢いよく開けて入ってきた。

 ラヴの本名は赤川愛子あいこで、俺の幼なじみだ。


「落ち着け、ラヴ。」


 はぁ。俺はため息をついた。

 ラヴをたしなめるのはいつも俺の役目だ。

 俺は持っていた水筒をラヴに差し出す。


「え? ガジェットくんの水筒ですか? 今飲んでいたやつ?」

「ああ。お茶でも飲んで落ち着け。」


 水筒の中身はお茶である。

 俺は水筒のコップにお茶を注ぐとラヴに渡した。


「ほわぁ……。」

「どうかしたか?」

「いえいえ。さっそく落ち着かせていただきます。」


 ラヴは深呼吸した後、手に持った水筒のコップのお茶をぐいっと飲み干した。

 その後もラヴはじっと空になったコップを眺めている。


「それより、依頼書は?」

「あ、そうでした。これです。」


 俺はやっとラヴから封筒を受け取った。

 ラヴはいつも元気いっぱいの女の子だが、たまに意味のわからない行動をする。

 俺は封を開けて中から依頼書を取り出した。

 

「ふーむ? これ、担任のめぐみ先生からだ。」

「えー? またですか?」

「とにかく、話を聞きに言ってみよう。」

「はい!」

「少年探偵、出動だ!」


 俺たちは探偵事務所にしている学校の教室を出て職員室に向かった。


          *


 めぐみ先生は職員室にいた。


「依頼の件ね? 待っていたわ。探偵クラブの、えーっと、ガジェットくんとラヴちゃん。」

「そうそう。ラヴちゃんです。」


 ラヴは珍しく希望通りに名前を呼んでもらえたのが嬉しかったのか、にんまりとすると、その勢いで調子に乗って聞いた。

 

「しかし、先生? いつもなら頑なに本名で呼ぼうとするのに今日はずいぶんと下手に出てないですか?」

「うっ、するどいわね、ラヴちゃん……。」


 俺は依頼書に書いてある内容を見た。

 そこには浮気調査とある。


「……こんなこと小学生のあなたたちに頼むなんて。でも参ってしまって。」

「ほんとですね、先生。私たち、来年には中学生ですがまだ小学生です。なぜ興信所に行かないんです?」

「だってお金かかるじゃない。」


 俺はラヴと顔を見合わせた。少年探偵をなんだと思っているんだろうか、この先生は。

 めぐみ先生の机の上は整理されていない書類が山積みだし、横のゴミ箱にはお菓子の空き箱が押し込められているし、無造作に置かれたスマートフォンの画面はバキバキに割れている。

 こんな大人にはなりたくないなと思う。しかし、こんな人でも恋人がいるってことだよな、少なくとも。浮気が成立するにはまず交際関係がなければならない。


「それで……どう? 青山くん?」

「先生。ガジェットくん、です。」

「あ、ごめんなさい。ガジェットくん。」

「いえ、俺は別に呼ばれ方は気にしてないので……。」


 断りましょうと口だけ動かして伝えてくるラヴを制して、俺は言った。


「わかった。先生の役に立てるかはわからないが、やってみよう。」

「助かるわ、ガジェットくん!」


 俺だって断りたいのはやまやまだったが、少年探偵として依頼があったら受けないわけにはいかないからな。

 俺はカバンの中身を探った。

 このカバンは俺だけしか使うことができない。

 俺がこのカバンを使う時、中から事件を解決するために必要な『ガジェット』を一つ取り出すことができるのだ。

 俺はカバンから『ガジェット』を取り出した。


「……メガネ?」


 特に何か仕掛けがあるようには見えない赤いフレームのメガネ。度は入っていないようだ。


「あ、わかりました! 先生の恋人はメガネをかけている!」

「いいえ、かけていないわ。」

「では、浮気相手がかけているのかも!」

「えぇ!? 浮気確定ってこと!?」

「そうですね……残念ながら。これにて調査終了ですね!」

「ちょっと待て!」


 勝手に話を進めるラヴとめぐみ先生を俺は止めた。

 俺の『ガジェット』がそんな占いみたいな使い方なわけないだろ。

 俺は『ガジェット』を観察した。

 このメガネのような『ガジェット』にはボタンも何もついていない……。うーん。ボタンがついてることが多いんだけどなぁ。


「ちょっとかけてみましょうか。」

「え、ちょ、ちょっと!? ラヴちゃん!?」


 ラヴはメガネを取ると、めぐみ先生の顔に無理やりメガネをかけさせた。


「あ! これは!?」


 俺とラヴは次の瞬間、驚きの声をあげた。


「な、なんなの?」


 めぐみ先生だけが状況をわかっていない。


「なるほど、これならもしかして……。」

「なに? なんなの?」


 俺はバキバキに画面が割れた先生のスマートフォンを持ってめぐみ先生に自分の顔を見せた。


「え? これって?」

 

 そう。俺のメガネのような『ガジェット』をかけためぐみ先生の姿が、ラヴそっくりの小学生の女子の姿に変わったのである。


「この『ガジェット』はおそらく小学生の姿に変装する道具。つまり、相手にバレる心配はなくなったから、自分で浮気の現場を押さえろってことだ。」

「ええー、なにそれ!?」

「じゃ、先生、そういうことで。私たちは下校しないといけませんから。後はがんばってください。」

「ちょっと待って、赤川さん……じゃなかった。イヴちゃん!」

「ラヴちゃんです。まだ何かあるんですか?」

「あなたたちも一緒に来て。お願い!」

「へ?」


 こうして俺たちは強引に疑惑の現場へとめぐみ先生に連れられていったのだった。


          *


 ファミレスでドリンクバーを飲んでいる小学生三人。に、周囲からは見えるだろうがうち一人は大人の変装である。

 

「ここに来るんですか?」

「ええ。」

「何時に?」

「それはわからないわ。」


 メガネのおかげで完全に小学生に見える変装をしためぐみ先生が、ストローでメロンソーダをずずずと音を立てて飲む。


「あの……、小学生はあんまり遅い時間までいられませんけど……。」

「しっ! 黙って。」

「……。」


 めぐみ先生はさっきからずっとファミレスの入り口を睨むように見ている。

 他の席では家族連れや学校帰りの高校生などがわいわいと楽しそうに話している中、俺たちだけがお通夜のような雰囲気だった。

 となりの席からは高校生くらいの男女の会話が聞こえてきた。


「日下くん……。高校で好きな人できた?」

「いや、できてないよ。天野さんは?」

「まわりは女子ばっかりだし、かっこいい先生もいない。」

「そりゃ女子校だもんね。」

「わかっていると思うけれど、彼女を作るのは協定違反だから。」

「わかってるよ……。毎回確認しなくても大丈夫だから。」

「ところで私、この映画を見にいきたいの。」

「あー、それなら今週はそれを見にいこうか?」

「うん。」


 この高校生の二人は付き合ってはいないらしい。しかし、二人は中学校の同級生で、別々の高校に進学したあとも毎週会う約束をしているようだった。

 おっと、盗み聞きはよくないな。

 俺はファミレスの入り口から目を離さないめぐみ先生に聞いた。


「先生は、その相手の人とどこで知り合ったんだ?」

「……近所に住んでいた幼なじみで……。」

「幼なじみ?」

「ずっと会ってなかったんだけど、最近また再会して何度か飲みにいって、それで。」

「先生……。生々しい話はやめてください。小学生の前ですよ。」


 ラヴがコーラとレモンスカッシュを混ぜたコップを飲みながら言う。

 

「そ、そうね……。」

「浮気を疑う理由は?」

「このファミレスで見たの。彼が女の人と会っているところを。」

「もうそれ確定じゃないですか? なんでガジェットくんに依頼したんですか? っていうかケーキ頼んでいいですか?」


 ラヴがテーブルに置かれたメニュー表のケーキの写真を見て聞く。


「だって……、どうしても信じられなくて。ラインも既読にならないけどきっと忙しいだけなのかなと思って半月は待ってみたけど、やっぱりこれっておかしいかなと考えてしまうと不安になっちゃって。彼の家に行っても留守だっていうし、出張なのかなって聞いてみたけど返信無いし、さすがに私に黙って何日も家を空けるって考えられる? そうしたらたまたまここに彼がいるの窓の外から見えて、声をかけられれば良かったんだけど勇気がなくて、見なかったふりをしたらその日は死ぬほど後悔したわ。またここで見かけないかなって毎日通っていたら店員に顔を憶えられちゃってこの間、割引券もらっちゃってもう来られないって。思えば、彼が休日に彼の友達とバーベキューに行くっていう日があっても私は連れていってもらえないし。たしかに彼の友達は私の友達ではないけど、友達に自分の彼女を紹介しないってあると思う? でも彼は私に優しいし、友達も多くて、仕事もできて自慢の彼なんだけど。確かに私にも悪いところはあったかもしれないわ。でも彼はいつも最後には私の気持ちをわかってくれたの。それって愛した相手じゃないと絶対にできないことじゃない? つまり彼の愛は本物ってことよね? それで話を戻すと——」

「ガジェットくん、これ……。」

「ああ。」


 俺はめぐみ先生からメガネを取り返すと自分でかけた。


「めぐみ。」

「え? やだ、どうして? どうしてここにいるの?」


 やはり。メガネのような『ガジェット』をかけた俺は今、めぐみ先生の彼の姿になっていた。思ったとおり、目の前の人間が思い浮かべている姿になれる道具だったのだ。めぐみ先生がラヴそっくりになったのは、メガネをかけためぐみ先生のレンズに写った自分の姿をラヴが見ていたからだ。


「めぐみ。別れよう。」

「な、なんで?」

「本当の俺は人間じゃない。宇宙から来た宇宙人なんだ。」

「ど、どういうこと?」

「俺は宇宙人なんだよ。」


 目に涙を浮かべるめぐみ先生には悪いが、きっとこの話はめぐみ先生の望んだ結末を得られない。

 めぐみ先生が涙を拭こうとした瞬間に俺はメガネを一度外し、今度はラヴを見ながらメガネをかけ直した。


「あっ!」


 今、俺の姿は遠い宇宙からやってきた宇宙人の姿に変わって見えていることだろう。

 ちょうどこの間の休みにラヴと一緒に宇宙人が怪獣と戦うテレビ番組を見たばかりだ。


「さよならだ、めぐみ。」

「ま、待って!」


 俺は引き留めようとするめぐみ先生を振り払い、急いでファミレスのトイレに駆け込むとメガネを外した。


「はぁはぁ、あ、青山くん! 彼は?」

「彼って?」

「あの、なんて言っていいかわからないけど、宇宙人がここに……。」

「ああ。それなら窓から空に飛んでいきましたよ。」

「そ、そんな……。」


 めぐみ先生には気の毒だが、全部夢か幻だったと思って忘れてもらった方がいい。もう面倒くさいし。


「先生。私たち、晩ご飯の時間なんで帰りますね。これ伝票なのでお支払いお願いします。行きましょう、ガジェットくん。」


 ラヴがめぐみ先生にファミレスの伝票を渡す。


「先生。次はちゃんとした事件の依頼をお願いしますね。」


 俺たちは店を出た。


           *


 事務所でラヴがノートを前に頬杖をついている。

 ラヴがノートに書いているのは俺たちの事件簿だ。


「ガジェットくん。昨日のあれ、書きます?」

「いや、事件じゃないしなぁ。」

「今日、先生の様子は普通でしたよね?」

「そうだな。立ち直ってくれたならいいが。」

「もしかして昨日のあれは本物の先生じゃなかったのかもしれないですね。」


 めぐみ先生は以前、女スパイに入れ替わられたことがある。


「どうしてこうなっちゃったんですかねえ?」

「やっぱり睡眠が不足すると駄目なんだろうな……。」



 そんないいわけ通用しない気もするが、それでも俺はめげない。

 明日も少年探偵、出動だ!


 ――おわり。

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