夢の言い訳

大柳未来

本編

 何かに夢中になれる馬鹿ってのは良いよな。将来のことも考えずに、ただ自分のやりたいことに打ち込めるんだから。いっそ清々しいよ。

 高3の時、よく遊んでた俺のカードゲーム友達が全国大会で準優勝。決勝の舞台まで上り詰めたんだ。一方俺は受験勉強のためにカードゲームは引退してた。


 それからその友人とはだんだん連絡は取らなくなっていった。高校卒業後定職にも就かず、口を開けばカードゲームの話ばかり。俺は学業や大学でのサークル活動で忙しい。それにカードゲームなんて子供がやることだろ? そんな恥ずかしさでアイツを避けるようになっていった。


 俺は大学で飲みがメインのサークルで遊びまわって時間を過ごし、その後就活に打ち込むことになった。うっすいエピソードを膨らましてガクチカのカンペを書く。自己分析して自分が何もしたいことなんて無いのを再確認。それでも優先順位つけて消去法も駆使して……就活サイト上から応募して、面接して、落ちまくった。


 就活がうまく行かず、憂鬱だった俺をアイツは呑みに連れてってくれた。そこで相も変わらずカードゲームを誘ってきた。俺が露骨にヘコんでたからか、アイツはおだててきやがった。やれお前は筋がいいから絶対やった方がいいだの。やれお前のアドバイスのお陰で強くなれただの。そんなのは昔の話だと一蹴する。全く、俺が付き合い悪いからってアイツは胡麻すり過ぎなんだよ。


 それから無事、そこそこの規模の保険会社の営業マンになり、保険の契約を取り付けるため東奔西走している。最初こそ契約は取れなかったが、3年経ってこなせるようになってきた。それが今の俺だ。ホント忙しすぎて、昔は俺も熱中できる趣味を持ってたはずなのに、今は酒飲みながらYouTubeかアマプラ見て寝る。毎日その繰り返しだった。


 何でそんな人生の振り返りをしてるかって?

 それは、俺が今実家の自室で実に十年ぶりにカードを触っているからだ。夕日が射しこんできて余計ノスタルジックな気分になった。何でカードを押し入れから引っ張り出したかは――なぜか忘れた。

 昔使ってたデッキを二つ出し、それぞれをシャッフル。十年も経ってるのに、案外スムーズにシャッフルできる。手が覚えてるもんなんだなぁ、と他人事のように感心してしまった。


 さて、ここからはカードゲーマー特有の一人回しのお時間です。一人二役になってそれぞれのデッキを戦わせるのだ。しかも俺の一人回しは少々変わっている。それは一人回し中、対面に誰かいると想定。どう思考し、なんて話すか想像しながら戦うことだった。シャドーボクシングと受け取ってもらっても構わない。


 いつもの癖で対面に誰に座ってもらおうかと考えていると、そっと正面に座り込んでくる小さな子供が来た。それは小学校三、四年ぐらいの俺だった。確かこれぐらいの時にカードゲームを初めて触ったように記憶してる。

「対戦よろしくお願いします」

 小さい俺は頭を下げながら挨拶をしてきた。


 子供のくせにめっちゃ礼儀正しいじゃん。ギャップで口が開く。というか、この子は俺が想像した対戦相手……なんだよな? 何で俺想像した相手にギャップ感じてるんだ?

「どうしました? 早く始めましょう」


 子供らしからぬ雰囲気に圧されながらも、ひとまず試合を始める。子供の俺が使ってきたデッキは早いテンポで盤面にカードを出し、俺に素早く連続攻撃を仕掛けてくる速攻デッキ。対する俺のデッキは相手の攻撃を捌いたり、体力を回復してゲームを長引かせ、最後にゲーム後半にしか使用できない切り札で勝つロングレンジデッキだった。


「やっと試合してくれましたね。何年ぶりですか?」

「えっと……十年ぶりかな」

「十年間押し入れで待つハメになってたのか――あっ、それ『ファイアボール』打ちます。対応何かありますか?」

「……何もないです」

「じゃあ墓地に送ってください。他に何もなければターンもらっていいですか?」

「どうぞ……」

「ターンもらいます。ドロー」


 流れるような所作でゲームを進行していく子供の俺。

「何で十年間もカードゲーム放っといちゃったんですか?」

「何でって……忙しかったから」

「忙しいって、具体的には?」

 具体的だと? 生意気な言葉を使ってきやがる……。

「まず大人は通勤時間含めて最低10時間以上は仕事で拘束される。それに付き合いで会社の先輩や客先と呑むこともある。他には自己啓発本読んで研鑽したりとか、大人は色々忙しくて時間がないんだよ」

「へぇ」


 対面の子供はそれまで大人顔負けの言葉づかいだったのに、突然年相応の、高めの声のトーンで煽ってきた。

「いいわけ、すごくうまいんですねー」

「言い訳だと……!? あっ、それは『突きつける現実』で打ち消す」

「分かりました。ではターン終了します――だって、結局それって言い訳ですよね? 時間がないって毎日ずっと時間がないんですか? そんな状況だったら転職した方がいいじゃないですか」


「ガキのくせにいっぱしに言い返してきやがるな……『オアシスの水』で体力回復して一枚ドロー。ターン終了。」

「じゃあこちらのターン。ドロー。手札を一枚捨てて『火山のドラゴン』を出します。体力を『火山のドラゴン』に支払いながら攻撃。ターン終了します」

 デメリットが多く課されてる代わりにとんでもなく攻撃性能が高い『火山のドラゴン』が出てしまった……!

 相手のカードの対処方法を考えていると、さらにガキは踏み込んだ質問をしてきやがった。

「――本当は、何でカードを触ってくれなかったんです? 本当の言い訳、聞かせてください」

「それは……」

 脳裏にチラつく、準優勝を嬉しそうに報告してきたアイツの笑顔。


「だって、当たり前だろ? カードゲームは将来に繋がらない。人に大っぴらに言える趣味でもない。大人になっててやるのは恥ずかしいし、卒業するのが普通のことなんだよ」

 俺は諭すように子供の俺に言い聞かした。でも子供の俺の目は、キッ、と俺のことを睨んだままだ。

「だったら小学校の卒業アルバムであなたが書いた将来の夢、覚えていますか?」

「それは……」


 それまで会話しながらカードゲームを進行していたが、手が止まる。今まで忘れてた。いや、忘れようと努めてきたんだろう、将来の夢。自分のやりたいことが急に鮮明に思い出された。

「……プロの…………カードゲーマーに、なること」

「やっと、思い出してくれましたね」

 子供の俺が笑顔を浮かべる。

「いや、でも現実的じゃない。普通に考えれば無謀以外の何物でもない」

「それはどうでしょうか」

「この話はよそう。もう一人回しは終わり。投了だ。次、君のターンを迎えたら『火山のドラゴン』で攻撃して君の勝ちだから」

「――待って!」


 カードを片付けようとする俺の手を、子供の俺が掴んで引き留める。

「よく盤面を見て下さい。お互いに手札はゼロ。場はこちらの『火山のドラゴン』のみ。体力はお互いに一桁。確かに『火山のドラゴン』がいる分、あなたの状況は最悪です。あなたのプロカードゲーマーになる夢と同様に絶望的です――」

 確かに、普通だったら投了ものだ。


「――ただ思い出してください。この盤面をひっくり返す。カードがデッキに入っているはずです」

 はぁ……つまりこのガキはこう言いたいんだ。

 最後まで、勝負を諦めなかった者だけが結果を見に行くことができる。諦めた者は結果を見ることすら叶わない、と。

 何て残酷なんだ。

 このガキはせっかくありつけた今の仕事を放棄して、叶うか分からん夢に賭けてみろって言ってやがるんだ。あり得ない。普通に考えて頭おかしい。もっと早くに投了してればよかった。


 それなのに、どうして。

 どうして胸が熱くなってるんだろうか。

「分かった。投了はしない。ターンをもらうぞ」

 力強く頷く子供の俺。

「ドロー! なッ!!?」

 引いたカードを見て、愕然とする。

 それはこの状況を唯一打開できると言っていい、相手のカードを自分のものにできるカード『運命の選択』だった。


「『運命の選択』をプレイ。『火山のドラゴン』をこちらのカードにします。そのまま『火山のドラゴン』で攻撃」

「体力ゼロ。負けました。ありがとうございました――引けたじゃないですか。ほら、カードゲームは最後まで何が起こるか分からない。楽しいでしょう?」

「あぁ……」

「それじゃあ、一人回しは終わりましょう。さようなら。これからも楽しんでくださいね」

 子供の俺は満足そうに笑うと突然俺の部屋全体が白く輝き始め――。


「まぶしっ!」

 気が付くと俺はカードを床に広げてそのまま寝てしまっていた。

「夢…………?」

 何とも不思議な夢を見た。きっと、ずっと忘れられてた将来の夢が子供の俺の形になって戦いに来てくれたのかな。

 そんな妄想をしながら、俺は電話をかける。相手はもちろんアイツだ。


 起きてから思い出した。俺が実家に帰ってカードを触りに来た理由。

 ずっとカードゲーム復帰を誘ってきた友人がいつになく真剣に俺にお願いしに来たから、カードを触りながら考えたくて帰ってきたんだ。

 日本選手権が今度また開かれる。今回はチーム戦らしい。それに俺も参加して欲しいということだった。

「お前と一緒に優勝したいんだ。元々このカードゲーム誘ってきたのはお前だし、最後まで勝つか負けるか、どうなるか分からないって教えてくれたのもお前。それに、お前は本気出したらいつだって俺よりも強かった。お前が参加しない理由がない! だから頼む、この通りだ!」


 急に帰り道の道中で土下座された時は困った。考えさせてくれって答えを濁して、俺は翌日実家に帰ったんだった。

「もしもし? こないだの日本選手権のお誘いについてなんだけど……是非参加させてくれ。今まで散々断って悪かった。もう俺は――言い訳はしない。全力で楽しませてもらう」

 俺は自分の気持ちに嘘を吐き続けた。もう二度とカードを手放すことは無いだろう。

 今度は俺が馬鹿になる番だ。

 

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