第49話 卵

「…それが南部大砂漠…」

伝承は真実だった。

黒き竜が降り立ち、壮絶な戦いの末に出来た砂漠。

湖を砂漠化するほどの戦いであったのだ。

言葉以上の壮絶な戦いだったのだろう。


「…戦いを終えた黒き竜は、黒髪の若者の言っていた望みを果たすべく、

根城に戻り、若者の持っていた包の中から小さな石を取り出した。」


「小さな石は全部で4つ。

黒き竜はその4つの石をねぐらへ持って入り、

4つ揃って抱き始めた。」


「その小さな石のように見えたものは、波を統べるラムスビクの姫、若者の妻が産んだ卵であった。」


「長い月日、黒き竜は卵を抱いた。

ちょうど十月経った頃であろうか。

4つある卵の中の1つに変化が見られ始める。」


「卵から微かに音が聞こえる…そう感じ取った黒き竜は、卵から発する音を慎重に聞いてみる。

卵からは人間の、赤子の声が聞こえてきたのだ。」


遠い目になるレイア。


間違いない…

レイアは黒き竜の王アリルレイアそのものだ。

ルーエの直観がそう訴える。

ルーエは身震いしてレイアを見る。


「竜の力では卵を割ってしまう可能性があると考えた黒き竜の王は、

人化の術で人間の姿になり、慎重に卵の殻を取り除いていく。」


「中からは…黒髪の男の子。人間の赤子が産声をあげて生まれてきたのだ。」


……待って……

??

……それは……


ルーエは冷静になろうと努める。

もし、レイアの話が本当であれば、千年を越える大昔の出来事だ。

レイアが黒き竜だとしても、その黒髪の男の子はアリールではありえない。


「ここで、黒き竜は困った事態に気づく。

この産まれた赤子をどうするのか。

近くにいる人間たちに任せる手もあったが、

黒き竜は自分が抱いた卵から産まれたこの赤子を愛おしく感じてしまっていた。

あの若者の忘れ形見でもある。


ただ、自分も戦いの後、卵を抱き続けたせいで

体力が消耗し、長い眠りにつかねばならなかった。」


ルーエはごくりと唾を飲み込む。


「黒き竜は、自らの闇魔術と秘宝『漆黒の輝水晶』、それから

白魔術を用いて巨大な”繭”を作る。この”繭”は老化や成長を著しく阻害し、

高濃度の魔力によって生命を生き長らせることが出来るものだ。

眠りから覚めたのちに、その赤子を育てるためにな。」


「ただ、代償は少なくなかった。漆黒の輝水晶は砕け、大きな破片は澱んで本来の力を失う。

黒き竜の魔力は生来の半分ほどになり、

いくつかの魔術を失うことになった。」


「まさか……それが……」

ルーエは思わず口にする。

「なに、御伽噺であるよ。」

レイアは笑いながらルーエに返す。


「黒き竜が目覚めたとき、まだ男の子は赤子のまま眠っていた。

本来の人間の寿命を超えるほどの長い眠りでも、その赤子の中では

時間が経っていないのと同様であった。


黒き竜は繭を破り、赤子を抱えて根城の奥へと入った。

生来の力を失ったとはいえ、古代竜の王。

人化していたとしても、その辺の魔物どもなど相手にもならない。


赤子は成長し始めた。

ただ、人間と波を統べる蛇の間の子であり、

長年、高濃度の魔力に曝されていたのだ。

黒き竜の魔力も積年、受け続けている。


黒き竜はこの愛おしい赤子を何とかして無事に成長させねばならないと使命を感じていた。

黒き竜の心配を余所に、赤子はすくすくと成長する。


10数年経ち、その赤子は立派な青年になった。

根城の奥の魔物たちにも遅れを取らず、

黒き竜の知識や知恵を受け継いだ立派な青年に。


黒き竜はその青年の子を産むことを決意する。」


「………!!」


「根城のさらに北東部にある山岳地帯から闇魔術の波動。

妖魔の操る特有の波動。

忘れもしない妖魔グラグバイリストニの波動を感じとったからだ。


生来の力を失っている黒き竜は自身の分身を早急につくる必要に迫られた。

自身では対処出来ない可能性があったからだ。

万に一でも敗れることがあれば、黒き竜の血脈が途絶える。

それだけは何としても防がなければならない。」


ルーエは絶句する。

レイアは構わず話を続けた。


「黒き竜は胎内に青年の精を受け入れる。

幾度とない交合の果てに自身の分身を身に宿し、出産する。


黒き竜の分身は青年とは異なり、本来の竜そのものの成長を見せ、3年も経てばまるで兄妹のように育っていった。


ただ、その間にも妖魔の波動はゆっくり、だが確実に強くなっていたのだ。」


「黒き竜は、2つの手立てを打つ。

1つは愛おしい青年を今際の者どもに委ね、妖魔に打ち勝つ力をつけさせること。

もう1つは………」


ルーエは完全に言葉を失った。

アリールの身の上には、途方も無い苦難と責務が立ちはだかっている。

いくら親に言われたとしても…そう思っていたルーエは、

アリールが誠実にその苦難に立ち向かう理由を垣間見た気がした。


ここで、ルーエはもう1つの疑問をレイアにぶつける。

ミシエル御大が、レイアの名を知っていたことだ。


………………………………………………………………………………………

『 アリールの声はアラインもルーエもその言葉は聞き取ることが出来ず、まるで外国の歌のような彼の言葉を黙って聞いている。

「ありがとう、アリール君。」

「いえ。」

「そうか…済まないことをしたな。君たちには。」

ミシエルは深々と頭を下げる。』

………………………………………………………………………………………

「君の親の名は、『レイア』という名前ではないのかね?」

ミシエルが静かに口を開いてアリールに尋ねる。この老魔導師は絶対に何かを知っているように思えた。

………………………………………………………………………………………


ミシエルがレイアの名を知り、アリールがまるで苦難に立ち向かうのを知っていたかのような発言。

明らかにミシエルとレイアはどこかで出会っている。アリールも。

ルーエはレイアにそのことを尋ねてみた。









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