第45話 クォスの呪い

アリールが通されたのは帝都ノーザンテリトリー伯本邸の書斎。

恐らくはクォスの使っている部屋だろう。

気品のある調度品が並び、大きな書棚もある。

書斎と言っても、1人なら生活出来る広さがある。


「お待たせした。」

クォスが扉を開けて入室する。

先ほどとは異なる白いローブ姿。

確かアクアもこんな姿を見せたことがある。

部屋の中ほどにある立派な革のソファに座り、真正面のクォスの話を待った。


「アリール君に再度尋ねたいのだが、良いだろうか?」

クォスは真剣な眼差しでアリールを見る。

「もちろんです。」

クォスは一瞬目を瞑り、それから話を切り出す。


「神聖魔法では解呪することが出来ない呪いは存在するか?」

「…分かりません。ですが、代償が大きすぎて解呪出来ないものは存在すると思います。」

「例えばどういうものだ?」

「…例えば、呪いを解くために人の命を要するもの。解呪を行う者の命が必要となるものの類でしょうか。」

確かにそれはそうだ。解呪することで自分の命が失われるのであれば、解呪を躊躇するのは必然と言える。


「…”闇”魔術で解呪することは出来るか?」

クォスはアリールが闇魔術の、相当な遣い手だと聞いていたから、自分の知らない魔術であっても解呪出来るのであれば、少なくとも息子たちの呪いは解いてやりたい。そう思っていた。

「…それは、その状態を見なければ…」

何とも言いようがない。

そうアリールは返答する。


「”闇”魔術にも解呪は存在するのだな?」

「はい。解呪、とはもしかしたら異なるかも知れませんが、特殊な状態異常を治癒する魔術はございます。」

「ほう。アリール君はそれが遣えると?」

「術式の複雑さに因りますが…後は触媒が手に入るかどうかです。」

「触媒?」

「はい。僕の魔術で状態異常を回復させようと思えば、何かしらの触媒が必要になります。」

「呪いを見たら、それが分かるか?」

クォスは食ってかかるように前のめりになる。

「お約束は出来かねますが。最善は尽くせると思います。」

アリールは至って冷静に返答する。

クォスは少考する。

どのみち、他の選択肢は無いに等しい。

目の前の青年に手立てが無ければ、ビリニュス家は呪いに屈するだろう。


「…これから見ることは、絶対に他言しないと誓えるか?」

これまで聞いたことの無い、静かな迫力のあるクォスの声。

「誓います。」

アクアも心を許した青年。

彼に委ねるしかない。

クォスは決意する。

おもむろにローブを脱ぎさり、上半身をさらけ出した。


「…これは…」

クォスの心の臓にあたる部分に禍々しい黒い紋様。

「これが儂にかけられた呪い…分かるか?」

アリールはじっとその黒い紋様を見つめる。

「日に日に大きくなっておる。」

微動だにしなかったアリールが小さく呟く。


「…”漆黒の黄泉へ誘う術”…」

「知っておるのか?!」


「…はい…しかし、この術者は?この術を施した者は何者なのですか?」

「…それは分からぬ。吐かせる前に死んだ故。」


「…そうなのですか…」

「で、この呪いは解呪出来るのか?」

クォスは核心を聞く。


「…出来ると思います。」

アリールは短く答える。

言葉を失うクォス。

いや、まだ歓喜するのは早い。

我のことより、昏睡しているイーサムと、されたアクアが居る。

「息子たちの呪いにも似たような紋様があるのだが、それも見たら分かるか?」

クォスは願うような気持ちでアリールに問う。


「…紋様を見なければ分かりませんが、恐らくは…。解呪、いえ、術式解除には触媒が必要になりますが、クォス様の術式解除は僕でも可能だと思います。」



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