第41話 黒髪の女

ルーエが本棚の一角を曲がったとき、前方に1人の女性が片手に本を携えて読み耽っている姿に気づく。

長い、濡れたような風合いの黒髪の女性。

帝国では珍しい、アリールと同じ黒髪の女性であった。


(黒髪…誰だろう?)

少なくともルーエは見たことの無い女性。

新しい司書であろうか?

(邪魔しちゃ悪いよね)

ルーエは踵を返すように来た道を戻ろうとする。

ちらりと見えた横顔は端正な旁。相当に男にモテるだろうことは間違いなかった。


「待て。」

不意に声がする。

あの黒髪美女が声を発したのだ。


「そこな女。邪魔をしているのは我の方。

間もなく退散する故、自由にするが良い。」

黒髪美女は視線を変えることなく、ルーエに言葉を発する。


ルーエはまじまじと少し離れた所から黒髪美女の様子を窺っている。

黒髪美女が自分に向かって発言したのは間違い無い。

図書室には誰もいなかったからだ。

むしろ、先客が居たなどルーエは思ってもいなかったし、気配もしていなかったから、この黒髪美女が居たのにびっくりしていた。


「お気になさらず…陛下のお付きの方でしょうか?」

図書室は大学に在籍している者は元より、宮廷の者も利用できる。

ルーエはこの見たことの無い黒髪美女の口調から、宮廷かもしくは大貴族の縁者であることを予想して尋ねる。


動ずることなく、黙々と本を読んでいる黒髪美女。

「いや。」

どことなく黒髪がアリールを彷彿させる。

そう思ったとき、その黒髪美女が短く返答した。

そしてさらに、その口から驚愕の言葉が発せられた。


「アリールが世話になっておる。礼を言う。」

黒髪美女はこちらに向いて、頭を下げた。

横顔からも想像された端正な顔立ち。

絶世の美女、とまではいかぬものの、その端正な顔立ちはある種の気品と威厳に満ちている。


「…ど、どなたです?」

ルーエは動揺しながら、その女性をまじまじと見る。

歳の頃は自分と同じくらいか、少し若いだろうか。

30にはなっていないだろう。

そんな黒髪美女からアリールの名が発せられたのだ。

類縁か何かだろうか。

「ふむ。我のことは何も語っておらぬか?アリールは。」

黒髪美女はまたもアリールの名を出す。

「おぬしはルーエ、ルーエ=ヴァイスで相違ないな?」

「は、はい。」

「我はアリールの親よ。レイアと名乗っておる。」

ルーエは驚愕のあまり絶句する。

確か、迷宮から出られないと聞いていた、竜の一族…

迷宮から出られないから、アリールは単身、大学にやって来て一悶着起こしたのだ。

とすると、このレイアと名乗った女性は竜の化身か何かなのだろうか。


「…アリール君の…?」

「うむ。あれから3ヶ月ほどたったのでな。責務も一段落した故、こうして参った次第。」

黒髪美女レイアは、威厳に満ちた声色で、しかし優しい口調でルーエに応対する。

「…おぬしからアリールの匂いがするな。交合ったのか?」

一気に赤面するルーエ。


もちろん、そんなことはしていないが、今の自分の欲望の大部分を占めているものである。心を見透かされたようで恥ずかしくなる。

「い、いえ。そんなことは…」

「ほう?であるならば、どうしておぬしからアリールの匂いがするのだ?」

「今、アリール君と私は同じ家に住んでいます。」

「ほう。つがいになったのか?」

「い、いえ。アリール君が寄宿しているのです。」

「ふむ。アリールには、今際いまわの者どもと交合うように言っておいたのだが…。おぬしの好みに合わなかったか?」


ずけずけとレイアは物申してくる。

初対面だと言うのに何という物言いだろう。

「い、いえ。そんなことは。。」

もちろん、アリールが自分を抱いてくれるなら、

喜んで彼の胸に飛び込んで行くだろう。

今の自分の一番の希望である。

それよりも…

レイアはなぜ、この図書室に来たのだろう?

そんな疑問がルーエの頭に浮かんでいた。







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