第40話 試されること
ちょうどその時、扉のノック音が聞こえる。
ラダカンが茶を持って来たのだろう。クォスが入室を促すと、立派なティーワゴンを押しながら、ラダカンが入室する。
「今日は東方より珍しい茶が入って来たのでな。アクアとアリール君とで相伴して欲しい。」
クォスは穏やかな笑みを浮かべながら、ラダカンの方を見る。
ちょうど3人分の茶をラダカンがティーカップに注いでいるところだ。
温めたカップに注がれる茶。
やや薄い緑がかった色は芳醇な茶独特の香が漂う。
「香の強い王国産の
クォスは自分の前に置かれたティーカップを持ち、鼻先まで持って香を堪能する。
「アクアもアリール君も香を嗅いでみて欲しい。」
アクアが見様見真似で茶の香を嗅ぐ。
確かに普通の茶とは違った豊かな香が漂っている。
クォスはそのティーカップにほんの少しだけ口をつけて、2人の反応を見ていた。
アクアは一口、茶を啜ってカップを置く。
しかしアリールは香を嗅いだのみでそのままカップをテーブルに置いた。
「アリール君はこの茶を好まないようだね。」
クォスは微笑を崩さない。
「…」
「試すようなことをして悪かったね。」
クォスは微笑のまま、アリールに軽い謝罪をする。
見れば、アクアはアリールの肩に寄りかかるように眠りに落ちている。
恐らくは茶の中に強い催眠作用の薬が入っていたのだろう。
「どうしてこのようなことを?」
至ってアリールは冷静である。
「それより、なぜ茶を口にしなかったのか教えてもらえるかな?」
クォスは微笑を絶やさず逆質問する。
「
アリールは少しだけ、眉間に皺を寄せて答える。
甘葛はツタの仲間である植物だが、いくつかある種の中に催眠作用を及ぼすものがある。毒では無いのだが、催眠作用が強いので不眠対症薬や重要人物の生け捕りに用いられている。
クォスは感嘆してアリールを見る。
(二十歳前後の若造が、甘葛の匂いを嗅ぎ分けるなど…)
ましてや当主が息子にも振る舞っている茶の中に薬物を混入させるとは誰も疑いはしないだろう。
普通は疑心暗鬼になっても、当主の息子が飲んだなら飲むものだ。
(自分の技量、判断に自信があるのだろう)
アライン侯が目をかけ、騎士団長エドガーが欲するのも分かる。
剣術の腕前も相当で、闇魔術にも精通している。
もしかしたら、呪いの解呪方法も知っているやも知れん
クォスは素性の知れない目の前の青年に感嘆しながら、少しだけ期待する。
「君の噂は聞いているよ、アリール君。」
「…」
「さすがに気を悪くさせたようだ。本当にすまなかった。」
帝国の重鎮であるノーザン伯が頭を下げる。
「いえ。ただ、御子息を巻き込んでまで一服盛るのは…」
如何なものか?と批判めいた顔つきのアリール。
「そうでもしないと、君を試すことは出来ない、と思ってね。」
クォスは微笑を絶やさずに返答する。
「それと…」
クォスは先程とは打って変わって真剣な表情になる。
「とある呪いの解呪について、何か知っていることがあれば教えて欲しいと思っていてね。」
眼光鋭くアリールを見つめる。
アクアも言っていたビリニュス家の呪い。
もちろん、アリールは詳細を知らないから、何とも言いようが無いが、解呪不可能な呪いなどは通常は有り得ない。
術者が強大な魔力で持って、複雑な術式を用いたとしても、何らかの手立てはあるものだ。
「呪い、ですか…」
「そうだ。」
「どのような術式なのか見てみないと分かりかねますが…」
それはそうだ。
我々でさえこの呪いの術式は分かりかねているというのに、話を聞かされている若者が呪いについて講釈出来ることなど無い。
「ラダカン!」
クォスは筆頭執事を呼んだ。
「アクアを離れの自室に寝かせてやってくれ。客人は儂が案内する。」
それから、アリールに向かって
「済まないが、儂と一緒に来てくれるか?君に尋ねたいことがある。」
有無を言わさぬ迫力のクォス。
真剣な表情の奥に湛えている眼光がアリールを射竦めている。
「分かりました。」
自分に何が出来るか不明ではあるが、どうやら北方辺境伯に見込まれたようである。
恐らくはアクアが言っていた“ビリニュス家の呪い”について。
自分ごときが何を成し得るかは、その呪いを知らねば何も進まないことだけははっきりしている。
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