第39話 呪い
軽装に着替えたクォスが自室の扉を開けたとき、筆頭執事ラダカンが自室前で恭しく頭を下げていた。
「ラダカンか、どうした?」
「アクア様がご友人を連れ、挨拶にいらっしゃっておられます。」
「ほう?アクアが??」
クォスは少し感嘆しながら、やや釈然としない心持ちになる。
「大学でのご友人だそうで。」
ラダカンは変わらず恭しく礼をしたまま、クォスに答える。
大学の友人…
あのアクアが同じような年頃の友人を作るなど、考えもしていなかった。
クォスが釈然としない理由は、アクアにかけられているビリニュス家の呪いにあった。
アクアにかけられた身体異常の呪いは、アクアを孤独に追いやり、人としての喜び、幸せを奪うものだ。
羞恥を知るアクアが友人など…
「会おう。どこにいる?」
「御二人とも応接室にてお待ちです。」
「分かった。」
もちろん、クォスはアクアの友人とやらに興味が湧く。
呪いにかかったアクアは当時、それは酷い有様だった。それまでの生活が一変し、多感な時期を自室に引きこもる毎日。
人を遠ざけ、美しかった笑顔は見る陰も無くなる。
遠く帝都にある神殿から高位司祭を呼び、呪いの解呪が不可能で、兄が昏睡状態から目覚めない可能性を知るや、剣士の真似事をして一端の魔法剣士に成長したこともクォスには驚きだったのだが、自ら解呪の手がかりを探しに大学への入学許可をクォスに願い出たときは、アクアの成長を喜びながらもアクアの身上を考えて反対したものだ。
余りの熱意に絆されて許可してしまったその経緯があるが故、アクアの身上を考えると、アクアが友人など作るはずも無いのだ。
そうクォスは考えていたから、アクアが友人と呼べる人間と連れ立って挨拶に来ることに驚きを隠せてはいない。
応接室の扉が開き、クォスが目をやると、恭しく頭を下げた金髪と黒髪が目に入ってきた。
「父上。お早い御到着で。」
アクアが挨拶する。
「こちらは大学の級友、アリール=ヴァイスです。」
アクアがアリールを紹介する。
「アリール=ヴァイスです。」
黒髪の青年…
アライン侯が言っていた例の青年。
クォスも各所から聞かされていた、謎の青年である。腕が立ち、皇帝陛下の覚えがあるという青年がアクアの友人として目の前にいる。
これは偶々なのか、それとも…
「2人ともかけるが良い。ラダカン、茶の用意を。」
クォスはラダカンにそっと目配せする。
その目配せの意図を筆頭執事ラダカンは十分理解している。
静かにラダカンは退室し、応接室には3人だけになっていた。
「君が“黒髪の青年”アリール君か。噂は聞いているよ。」
クォスは穏やかな笑みを携えてアリールに声をかける。
「勿体無い御言葉。」
「そう畏まらなくて良い。普段通りで構わぬぞ。」
「父上。アリールはこういう奴です。」
アクアが笑みを浮かべてアリールに助け舟を出した。
クォスの瞳がほんの少しだけ見開く。
(まるで、あの頃のようではないか)
呪いにかかる前の利発で明るかった頃のアクア。
呪いにかかってからは、口数も少なく笑みを浮かべた顔など数えるくらいしか見ていない。
「今日は機嫌が良さそうだな、アクア。」
父クォスが囃すような口調でアクアに尋ねる。
そう言われてハッとするアクア。
たちまち目を伏せ、押し黙る。
ついうっかり、アリールに助け舟を出さなくては、と気負ったばかりに自分らしくない振る舞いを父に見せてしまった。
忌まわしい呪いにかかってから、他人を遠ざけ、他人に無関心であったのに、呪いを何とか出来るかも知れない高揚感がそうさせたのだろう。
そうだ。
父にそのこと、アリールの闇魔術で呪いが解呪出来るかも知れないことを訴えねばならない。
アリールをノーザンテリトリーまで連れ帰って、兄様の呪いを解いて貰わなければならないのだ。
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