第38話 クォス=ビリニュス

元来、アリールは控え目な性格であったから、宮廷作法はアクアが思っていた通り、卒なくこなせそうである。

本人は緊張しているのだろうが、見た感じは十分及第点だろう。


帝都にあるビリニュス私邸。

アリールの宮廷作法の、いわゆる礼儀作法の特訓会である。

アリールは緊張の面持ちで、テーブルマナーを学んでいくが、洗練された動きでは無いものの、アクアが見咎める程ではなかった。


「大したものじゃないか。」

金髪を揺らめかせながら、アクアは称賛する。

「それだけ出来るなら、問題無いと思うぞ?」

アクアはアリールに微笑を向ける。

始めのうちは、緊張のあまりぎこちなかった動きも、幾度となく繰り返すうちになかなかの所作になっていた。

「…なんとか。」

ただ、アリールの方には余裕はないらしい。

緊張の面持ちはずっと変わらない。

「もう少し笑顔である方が良いぞ?」

アクアがまた悪戯っぽく笑う。

本当に男かと思うような美貌。

こんな笑みを浮かべられれば、宮廷夫人たちは次々と虜になってしまうだろう美貌で、アリールを見つめていた。


「アクア様。」

静かに開いた扉の横で、帝都私邸筆頭執事のラダカンが恭しい態度でアクアを呼ぶ。

「ラダカン、どうした?」

アクアは筆頭執事の方に向いて用件を尋ねる。

「クォス様が到着なさいました。」

「父上が?予定より早い気がするが。」

晩餐会は6日後だ。週明けに到着する、とアクアは聞いていたから、この土曜日に到着するのは些か早い気がする。


「帝都に到着してすぐ皇帝陛下に拝謁され、こちらにいらっしゃられた次第です。」

「そうか。父上に挨拶せねばな。」

少し思案顔になるアクア。

晩餐会の後で“皇帝陛下の覚えのある学生”という形でアリールを紹介すれば、ノーザン伯領まで連れて行って兄上を診てもらうのも容易いと思っていたのだが…

さすがにアリールをクォスに紹介せねばなるまい。

「アリール、済まないが…」


アクアがアリールを連れ立って、離れから本邸に到着したとき、クォスは着替えの最中であった。

「…紋様がまた大きくなったか…」

禍々しい、黒色の紋様。

クォスは溜息と共に、心の臓の上あたりにある紋様を見つめる。

質実剛健、という言葉通りの質素な軽装の中は鍛えあげられた鋼のような肉体。まだまだ壮年であるクォスであるが、彼の身体にはビリニュス家の呪いがかけられていた。


「我はまだ良い…」

妻を奪い、息子たちの人としての幸せを奪った呪い。

5年前に起きたある事件で、呪術師が最期の力を振り絞ってビリニュス家の家人たちとクォスにかけた呪い。


妻であるフリースはすぐ天に召され、長子であるイーサムは昏睡状態に陥り、今も眠りから醒めない。

クォスは心の臓に、アクアは生殖器官に状態異常を埋め込まれ、クォスとアクアは子が為せない身体にされてしまったのだ。

このままイーサムが目醒なければ、ビリニュス家が断絶するのは間違い無い。


「悔んでも悔やみきれぬが。」

我が身はどうなれ、妻の元に旅立とうが構わぬかが、息子たちが人並みの幸せを得られぬようになったその事件について後悔をしない日はなかった。











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