第37話 ルーエの週末

明けて週末を迎えたルーエ。

今日は特段にやることが無い。

大学は全面的に休みであったから、何も無ければ自分の研究室には行くつもりである。

アリールは朝から宮廷作法を学びにアクア邸に行っていた。


来週にある晩餐会はノーザン伯クォスと東方貴族団東部方面軍司令官ガビサ=ゲーマルク、それから神殿長ミラの功績を労う会であったから、ささやかなものになるらしい。

その場でノーザン伯の次男であるアクア=ビリニュスとヴァイス家の縁戚アリール=ヴァイスを紹介し、社交デビューさせるのが帝国大学長アライン=メーナスの策である。


帝都近縁の貴族たちにアリールを認知させておくつもりなのだろう。意外なことに皇帝アルレイアも賛成したと聞く。

「何だか遠い人になっちゃいそうだな…」

今まではほぼ孤児のような境遇のアリールには当然のように付き添っていたが、アリールが認知されて引く手数多になればここから巣立って行くかも知れない。

もやもやする。

何だか言い知れない思いがルーエの中で葛藤する。

自分には研究しかない、と言い聞かせていたここ数年が何となく虚しいものに感じてしまう。

「せめて、同じ歳くらいだったらな…」

ベッドで髪を弄りながら、取り留めの無いことを考える。


自分が女であることを気づかせたアリールに対する恋心。

彼となら一緒に歩んでも良い、と強く思うが、アリール本人はどう思っているのか。

いっそのこと、思いの丈を告白してしまえば、すっきりもするのだろうが。

「踏ん切りが…」

恋愛経験に疎いポンコツ乙女が枕に顔を埋めて髪を振り乱す。

もうすぐ29にもなる女が右往左往して、自分の所在を葛藤している。


外は雨が降り始めていた。

部屋で鬱々としていても仕方無い。

諦めて研究室に向かうことにする。

雨は小雨ではあるが、今の自分の気持ちを表しているようでルーエは一層鬱々とする。


研究室に到着したルーエは、アリールから聞いていた闇魔術の文言について解析する。

初めて出会ったときにアリールが用いた「眠りの雲」

アリールは幾つかの闇魔術の文言を教えてくれてはいたが、全て古代アランストラ語であるとのこと。発声の仕方はミシエル御大やアリールから聞いていたものの、ルーエが唱えられるシロモノでは無かった。

「図書室に古代アランストラ語の文献ってあったかしら…」

アリールの闇魔術は古代アランストラ語だから、ある程度の言語理解をしておかなければ解析は難しい。

言語理解は得意な方のルーエだが、古代アランストラ語はまだまだ未解明な部分が多い言語である。

現代では「失われた言語」と言って良いだろう。

文献を探し出して、1つ1つあたるしかなさそうだった。


週末の図書室は静かで、降りしきる雨の音だけが聞こえてくる。

誰も居ない図書室の一角。

週末だけに一部の職員を除いて大学に居る者はいない。


古代アランストラ語と言えば、2000年以上前に栄えた古代アランストラ人が用いていた言語であり、各地の伝承に遺されている。

その伝承の1つが、「邪竜の大災害」

もともとグリムワール帝国のある大陸西部には、巨大な湖と肥沃な草原が広がっていたが、邪竜がこの湖に降臨し湖を消失させ大部分を砂漠に変えて、いずこへと飛び去ったという伝記である。

古代アランストラ人の衰退はその湖の消失から始まったとされているのが、現代考古学の通説であるが、何せ大昔のことである。実際の出来事かどうかは眉唾であった。


ルーエは昔見たこの伝記物を読もうと、図書室の一角に向かう。

アリールも大災害に備えるために大学に来た、と言っていたし、古代アランストラ人についても書かれているこの伝記物に何らかのヒントがあるかも知れない。

そう思い、たくさんの蔵書が収まれた重厚な本棚の角を曲がったとき、誰も居ないと思われた図書室に先客が居たことに気づくルーエであった。






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