第35話 来客

ルーエが研究室で落ち込んでいた頃、家には2人目の来客が現れた。


「アリール様。」

女中娘の1人サーシャ=スミルノフが応接間でアクアと歓談しているアリールを呼ぶ。

「お客様が…騎士団団長エドガー=グラン様がいらっしゃいました。」

深々と頭を下げながらサーシャ。聞けば、来客中ならば終わるまで玄関にて待つ、とのこと。

「どういたしましょうか?」

「…来客か?」

アクアが応接間入口に居るアリールに近づきながらサーシャに問う。

「は、はい。」

「ならば、私がお暇しよう。長々と済まなかったな。」

アクアが2人に微笑を浮かべ、応接間を出ようとした瞬間、

「おお!アクア殿が来られてたのですか!」

エドガーの大きな声が応接間に繋がる廊下から響く。

「エドガー様。」

アクアが騎士礼に則り傅こうとするが、エドガーが止める。

「アクア殿。堅苦しい挨拶は不要です。」

「エドガー様はどうしてこちらへ?」

「先ほどの件ですよ。もう1人の来賓に案内状を持参いたしました。」

華美な装飾の封筒。

「アリール殿。こちらを届けに参りました。」


「な、来ただろう?」

隣に座ったアクアが楽しそうな顔でアリールに告げる。

「仲がよろしいのですな。」

エドガーが顔を綻ばせながら2人を見る。

騎士団長エドガーはアクアの父クォスとも親交があったから、クォスの子どもであるアクアの身を案じていた。

物静かで感情を表に出さないアクアが屈託なく笑うのを見て、エドガーは思う。

(こやつは是非に手元に置きたい)

不思議と人を惹きつける魅力のある青年。

身のこなし、訓練での動き、知る限りは非の打ち所が無い。


「ところでアリール殿。大学後は如何なされるお積もりか?」

エドガーにとっての核心。

「今はまだ、何も決めておりません。」

「アクア殿は北方に戻られるのですかな?」

「はい。恐らくは…」

ノーザンテリトリー辺境伯は北方の険しい山岳地帯やその裾野に広がる高原地域を代々守護している故に、その次男であるアクアは長男を補佐するだろう。もしくは有力貴族に婿入りするかも知れない。

「御父上が許せばアリール殿と共に騎士団に推挙したいのですがな。」

エドガーはちらりとアリールを見て、反応を窺う。

「名誉なことですが…」

それは父が許さないだろう、と思う。ましてや今のビリニュス家ならば。

「アリール殿は如何ですかな?」

「今は何も…まだ大学に入学したばかりですし。」

それはそうだ。アリールにとってもこの2ヶ月は環境が激変しただろう。私だってそうなのだから、とアクアは心の中で呟く。

しかしもしも、この男と騎士団に入るならば、それもまた楽しいのかも知れない。

「なるほど。それはそうですな。ところでアクア殿、アリール殿。今度、新兵どもを集めて合同訓練をするのですが如何ですかな?大学エリートたるPr-Aクラスの2人には是非とも参加して頂きたいのですが…?」

エドガーは先ほどよりも真剣な眼差しで2人を見る。

「合同訓練…ですか。」

「ええ。騎士団の若手と新兵たちの強化訓練です。レオナルドとアライン学長には話を通しますゆえ。」

むぅ…と考え込むアクア。

招待状の件といい、自分とアリールへの厚遇は些か度が過ぎている気がする。

騎士団に取り込むためだろうが、それにしては手が込んでいる気がするのだ。

たかだか1回の訓練で、ここまで気に入られるものだろうか?

アクアはじっと応接間の座卓を見ながら、考えていた。


「父の許可が得られるなら。」

とりあえず父が来てから、という結論。

1番の目的はアリールをビリニュス家に連れて行くことだから、寄り道は少ない方が良い。

呪いが解けるのであれば、帝都に固執する必要も無い。

「アリール殿は如何ですかな?」

エドガーは微笑を浮かべてアリールの方を向く。


「ルーエ様と相談させてください。」

「分かりました。合同訓練の日はまだ先ですので、結論が出ましたら連絡ください。」

エドガーは軽く会釈をして2人に微笑を浮かべる。

エドガー=グランは子爵だが、騎士団長になってからは伯爵家扱いになっており、やはり帝都の重鎮として名を上げている。まだ壮年の域にあるエドガーは丁寧で思慮深く、腰も低いため皇帝アルレイアの側近として重用されているのである。


「さて、2人の邪魔をしてしまいましたな。」

エドガーが頃合いを見て腰を上げる。

アリールとアクアも連れて立ち上がろうとするが、エドガーが制止する。

「では、また晩餐会にて。」

エドガーが女中娘サーシャに案内されて退室する。

アクアはアリールが少しだけ浮かないような表情をしているのに気づいた。

「どうかしたか?」

少し考えこんでいるようにも見えるアリールの表情。

懸念があるなら…とアクアがアリールに告げる。

皇帝陛下やエドガーがアリールに何を期待しているかは分からないが、自分にとっては今現在、最も有用な人物である。

だから、アクアにとって、アリールの心配事は他人事ではなかった。










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