第33話 招待状
「招待状、ですか…まだ届いていないと思います。」
女中娘の1人カリナ=ブルームが答える。
少なくとも、自身の範疇では帝国家からの書状は見てはいない。それはサーシャ=スミルノフも同じだった。
「まだ、こちらには来てないようです。」
アリールは来訪者アクアにその旨を告げる。
それに評価されるようなことは何1つしていない気がするのだ。
「そうか…もしかしたらこれから届くやも知れんな。」
アクアはお茶を啜りながらエドガーの言葉を思い出す。
『アクア殿とアリール=ヴァイスは間違いなく晩餐会に出席するよう要請があります。これはアルレイア閣下の意向です。』
アルレイア皇帝陛下の意向。
帝国貴族として当然断れる訳が無い。
それはアリールも同じだろう。だから、どうして私たちだけが呼ばれたのか、アリールに相談しようと思っていた。
初めのうちは。
来週には、父クォス=ビリニュスが帝都に到着する。
父も晩餐会に出席するだろう。
その後、父にアリールを紹介し2人を引き合わせる予定でいた。
(…とすると、晩餐会で皇帝陛下から直々に声をかけられる前途の明るい青年、という方が父の覚えも良いかも知れない)
アクアは出来るならアリールをビリニュス家まで連れて行って、家の呪いについて解決の糸口を見つけられたら、と考えていたから、アリールが晩餐会に招待されることは事がうまく運ぶ契機になるような気がし始めていた。
(晩餐会には2人で行く。ヴァイス家のことを考えたらこの青年が晩餐会への出席を固辞することは無いだろうが、謙虚な青年だけに出席を確約させておきたい)
そう思ったとき、足は自然とアリールの屋敷に向かっていた。
実は理由はそれだけでは無いのだが、その感情を認めることはアクアには難しかった。
「晩餐会は翌週、8日後の夜19時からだ。事前に手筈を整えねばならないから、夕刻17時には君を迎えに上がりたい。それでいいだろうか?」
アクアはお茶を啜りながら静かにアリールに問う。
招待状もまだ届いていないのに、声は有無を言わさぬ静かな迫力があった。
「…招待状が届けば…」
アリールはルーエの実家に迷惑はかけられないと考えていた。
ただ、招待状も無いのに、本当に自分が皇帝陛下に呼ばれているのか、まだ信じられない気持ちでいる。
「なに、今日明日には届くと思うぞ?何なら賭けてもいい。」
珍しくアクアが屈託なく笑う。
普段は努めて冷静なアクアが屈託なく笑うところは見たことが無い。
「そこまで仰るなら…」
宮廷の礼儀は当然分からないが、当日までまだ間がある。アリールは折れるように呟いた。
「あ、それと…」
アクアは変わらない笑顔でアリールに告げる。
「そろそろその口調は止めてくれると助かる。私と貴方の仲なのだから。」
アクアは私と貴方の、と告げる瞬間、何だか気恥ずかしく思ったが言い切る。
仲間と呼べる人間が居ることはこんなにも心地良く感じるものなのか、と考えていた。
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