第32話 アクアの来訪

翌日。

アリールはいつもより遅い朝食を摂り、いつものように屋敷の一角で鍛錬する。

詠唱しながら人型の偶像ゴーレムの攻撃を避け、詠唱を完成させる。

動き回りながら詠唱を素早く行う訓練なのだろう。

的確に偶像ゴーレム相手に魔法陣を完成させる。

手に握られているのはあの剣だ。


まだまだ鍛錬が足りない。

そんな気がする。

ラーナはともかく、レイアが今の自分を見たら失望させてしまうかも知れない。

焦りに似た使命感がアリールを駆り立てる。


「アリール様。」

背後から呼ぶ声。

女中娘の1人サーシャ=スミルノフが声をかけてきた。

「訓練中申し訳ありません。」

サーシャが深々と頭を下げる。

「いや、大丈夫。どうかした?」

「お客様がいらっしゃっています。」

「客?」

「はい。アクア=ビリニュス様が応接間にて御待ちです。」

「アクア殿が?」

何だろう?彼も今日は休みだが、わざわざ出向いて来る理由に心当たりが無い。

数日前に話しをした件だろうか?


「お待たせして申し訳ありません。」

「いや、こちらこそ急に来て済まなかった。」

白の巡礼服のような1枚布をすっぽり被ったアクアが応接間のソファに腰掛けている。

「先日の内容のことでしょうか?」

回復魔術について。それからアクアの父と会うことについて。

「いや、今日はそのことではなく、」

アクアは1枚の封筒を取り出しながら

「君のところにも届いているはずなのだが。」

話を続ける。

豪華な装飾が施された封筒。封蝋の印はグリムワール帝国印。

今朝早くに届いたものだという。

中は1通の招待状と皇帝陛下の手紙。

「褒美を取らせる」

旨が書かれている。

「…これはどういう…?」

アリールは意味が分からずアクアに尋ねる。

「私もだ。なので、騎士団団長エドガー=グラン殿に先ほど聞いてきたところだ。」

聞けば昨日の視察の際に活躍したアクアとアリールには皇帝陛下から直々に褒美を取らせる、とのこと。


「活躍というほどのことはしてないのだがな。」

苦笑するアクア。

「君が教えてくれなければ、私は何も出来なかったと思う。」

あのとき、アリールが偶像ゴーレムです、と忠告してくれてなければ、得意な水魔術を魔物に放って術者の術中にはまって居たかも知れない。

訓練とは気づかなかっただろう。

本当に目の前の青年は恐るべき手練れであり、味方であることが心強い。

(それでいて謙虚で穏やかな雰囲気を漂わせている)

好ましい人物だと思う。ビリニュス家の呪いが無ければ、アリールを見る目が変わっていたかも知れない。同性から見ても、否のない好青年。

(呪いが解けたら…)

それはそれでこの青年を自分はどう見るのか、楽しみな気がする。もちろん、今の時点では想像も出来ないが。

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