第29話 視察

視察と言っても、学生たちのやることは限られていた。


エリートでもあるPr-Aの面々はかなりの緊張の面持ちでいたが、案内のルーエ=ヴァイスや学長のアライン=メーナスが恙なく皇帝アルレイアに説明を行い、護衛は親衛隊や騎士団長エドガー=グランが辺りに気を配っているため、時折皇帝陛下から声をかけられるくらい。

弟君であるマールハイド公は神殿長ミラ=ツヴァイの娘であるアリサ=ツヴァイが甲斐甲斐しく面倒を見ている。

「アリール君ってどの人?」

マールハイドがミラに尋ねる。ミラは娘であるアリサに目配せする。アリサはアリールがどの青年なのかを目で合図した。

「…あちらの黒髪の青年らしいですよ。」

優しくミラがマールハイドに説明する。

「ふぅん…ルーエお姉ちゃんが結婚したい人ってあの人?」

マールハイドが無邪気に尋ねる。ルーエはマールハイドからは遠くに位置していたから、その声は聞こえない。

「そうなのですか?」

ミラは不思議そうに尋ねる。

学長アライン=メーナス侯がアリールをヴァイス家の才女と同居させているのは知っていたが、恋仲だとは聞いていなかった。

「ん~だって、僕、アラインおじさんから『アリール君と同居するのが嫌だったら無理しなくて良いから』ってルーエお姉ちゃんに伝えて欲しいって言われたから、そう言ったんだよ。」

「そうなのですね。」

「そしたら、おじさんが『うまくいきました。』って言ってたから。」

なるほど。アラインの差し金。

あのアリールとやらは娘アリサからも聞いていたが、相当の達人でしかも”闇”魔術を操るらしい。


(相当入れ込んでいるようね)

ミラはアラインがアリールという青年を取り込もうとしている意図を考える。

(神殿としては”闇”魔術は気になるけれど)

害を為す存在であるならば全力で排除しなければならないが、帝国の重鎮アライン侯がわざわざ目をかける青年であれば、帝国に利を為す存在であるのだろう。

(ミシエル御大も気に入っているようだし)

ミラは遠目でアリールを見て皆が一目置く青年、闇魔術の遣い手に興味を惹く。


「閣下、アリールを呼びましょうか?」

ミラはマールハイドに尋ねる。

「ううん。今はいいや。皆忙しそうだし。」

マールハイドもまた、知性のある子どもである。姉アルレイアには劣るかも知れないが周りの観察眼など歳相応の子供では無い。まだまだ学習しなければならないことは多々あるが、恐らく名君の類になるだろう。

「…分かりました。何かありましたら、このミラにお申し付けくださいまし。」

「ありがとう。ミラ。」


(さて、どうしましょうかね)

ミラはマールハイドを娘に託し、化粧室に向かう。

化粧室で紙を3枚取り出し、自らの指を切って血を振りかける。

「さて、この子たちには頑張ってもらわないとね。」

ミラの瞳が妖艶に輝く。年老いたとは言えミラはまだ30代で女盛り。その美貌はそこら辺の年増の高級売春婦よりも美しい妖艶さを見せる。

「打合せ通りに頑張ってもらわなければ…」

この後、皇帝陛下は修練場に向かわれる。その時が計画のチャンスであることをミラは理解していた。


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