第27話 魔法障壁

「では私が手本を見せます。各々、詠唱をよく聞いていてください。」

再びアリールの方をちらりと見る。変わらずティルがアリールの腕にしがみついているが、アリールの表情は真剣そのもの。

ルーエは護符を取り出し、それを握りしめながら風魔術「風の護り」を唱え始める。

この「風の護り」の魔術は本来、弓矢などの遠距離からやってくる低質量の物体を風魔術の効果で自分に命中しないようにするものだ。昔から軍隊などでも多く遣われている。低質量であれば風によって完全に命中しないように出来るが、質量が増えていくほど効果が小さくなっていく。カタパルトから発射される大きな石などだと完璧に阻害するのは難しい。

ルーエの詠唱は速く正確だった。魔導師ならば何を唱えているか分かるシロモノだ。しかし第3節になった時、従来には無い詠唱が加えられているのがはっきり分かる。

詠唱が最終盤に入り、ルーエの周りの空気が逆巻き始める。足元にはやや青みがかった光が魔法陣の発現を予兆する。

詠唱が完成し障壁によく似た、薄い青色のドーム状の光がルーエを包んでいる。

「これが魔法障壁です。試しにライサさん、弱い火魔術を私に放ってみてください。」

ライサは名を呼ばれ修練台に上がる。最も低威力の火魔術である「火玉」の魔術を唱える。この火魔術は火の玉を対象に対して直線的に衝突させる魔術であり魔導師の初心者がよく練習するものだ。

ライサの詠唱が終わったかと思った瞬間、火玉は勢いよくルーエに向かって飛ぶ。直線的なその動きは魔導師によって異なり、ライサのような神聖魔法も遣いこなせる熟達者であれば、火玉のスピードも相当なもので下級の怪物であればその勢いだけで致命的だろう。精神力の消費が少ないので熟達者でも攻撃手段の1つとしてよく用いられている。

火玉が勢いよくルーエに衝突したかと見えたが、ルーエの周りにある薄い青色のドームにぶつかって消滅する。障壁により阻害されたのだ。


「今度は…イリナさん、手持ちに短剣はあるかしら?」

イリナは太もも辺りに巻いている短剣帯から1本の短剣を引き抜いた。

「その短剣を私に向かって投げてください。」

イリナは頷き、修練台に上がる。しかし、強く投げつければこの魔法障壁を突き抜けて、ルーエに当たってしまう可能性が頭を過る。

「大丈夫です。」

ルーエはイリナの考えを見通すかのように声をかけた。

足に狙いを定める。

短剣の軸を回転させずにダーツのようにルーエに放つ。勢いはそこまで無い。

放たれた短剣はまっすぐルーエの足元に飛んでいく。

しかし…

短剣はまっすぐ飛び続けはしなかった。軌道が左に反れ、さらに勢いが減衰している。短剣はルーエの近くまでは辛うじて飛びはしたが、左方向に大きく逸れ、ルーエから2mほど離れた場所に落ちた。

「ありがとう、イリナさん。もう1回お願い出来るかしら?」

ルーエはもう1度、今度は普通に投げナイフのように短剣を投擲するよう伝える。

「分かりました。」

明らかに魔法障壁は短剣に作用している。今度はイリナも少し本気で投げようと決意する。

「いきます。」

短剣の軸を回転させる投げナイフの要領でイリナは投擲する。

今度は左脇腹の下辺り。

先ほどとは違い、今度の投擲は速度も十分にある。

しかしやはり短剣はまっすぐ飛び続けはしない。

途中から大きく逸れ始める。

魔法障壁の効果範囲が明瞭では無いが効果範囲に入った途端、勢いは減衰し、軌道は明らかにおかしくなる。

やはりルーエから2mほど離れた場所に落ちた。

「ありがとう。」

ルーエはにこやかにイリナに感謝をし、Pr-Aの面々に向かって言う。

「このように1回の詠唱で風魔術の効果と神聖魔法の効果を引き出すことが出来ます。」

「先生、この効果は風魔術の「風の護り」と神聖魔法の「障壁」の効果が同時に発現してるだけっすよね?」

サーズが思ったまま、感想を言う。

「ってことは、風魔導師と神官が別々に魔術と魔法で術をかければ済むんじゃ?」

「ふふ。まぁその通りね。でもね、本題はそこじゃなくって…」

ルーエは妖艶に笑みを浮かべる。ポンコツ乙女と同一人物とは思えないほどの艶やかさが垣間見える。

「詠唱文言を少し変えれば、この魔術が発動するってこと。まぁ護符や魔石が必要になるけどね。もし、詠唱文言を完全に解析出来たとしたら…」

「まだ未知な効果を持つ魔術を生み出すことが出来るかもですね。」

”聖なる太陽”アリサ=ツヴァイがルーエに続けて言う。

「ああ、そうか。」

「そうね。例えば風と水を組み合わせて暴風雨を降らせたり出来るかもだし、火と土で火山爆発に匹敵する爆発を生じさせることも出来るかも知れない。」

そう、可能性は無限になる。

「土と水で泥沼のような地面を作られたら、剣士はやってらんないぜ。」

サーズが吐き捨てるように呟く。

「まぁまだ研究途中だから、あくまで可能性の話ね。」

ルーエはそう言ってアリールの方を見る。アリールは真剣な表情のまま、少考しながら何か口元で呟いているがそれが何なのか聞き取れはしない。

ルーエは少しだけ面目躍如の思いでいた。昨日の失態についての。




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